レオナルドの話を聞き終えたリズベットは、必死に頭の中を整理していた。
「情報が多すぎて……何が何やら……」
自分の瞳の秘密。そして、命を狙われる理由と、その黒幕。
大聖女の真相と、レオナルドとアールリオンの因縁。
どれもこれも驚くべき事実ばかりで、動揺と混乱が止まらない。
(でも、今は――)
リズベットは頭をふるふると振り、すぐに思考を切り替えた。
今は何より、グレイのことだ。
「アールリオン家を襲撃しているのは、グレイ、ですね?」
確信めいてそう言うと、レオナルドは深刻な表情で頷いた。
「ああ、恐らく。あいつは、アールリオン家を文字通り潰すことで、リズの問題にカタをつけるつもりなんだと思う。だが今のあいつの状態では、公爵にたどり着くどころか、アールリオンの衛兵を倒し切るのも難しいかもしれん」
「なんでそんなこと、勝手に……!」
焦り、不安、怒り。いろんな感情が渦巻き、握る拳に思わず力が入る。
グレイは何も言ってくれなかった。何も教えてくれなかった。
たくさん刺客が襲ってきていたのに、彼は一人でそれを片付けていた。
こちらに心配をかけまいとしてか、何も起きていないふりをして、平気なふりをして。
全部一人で抱え込んで、ボロボロになるまで戦って、一人で全部勝手に決めて、一人で勝手に消えて。
次に会ったら、文句のひとつでも言わないと気がすまない。
――でも、これも全て自分のせいだ。
自分が弱いから。自分で自分の問題を解決できるほどの力がないから。
(……グレイが死んだら、どうしよう)
昨日、グレイが出ていった日、どうして無理矢理にでも引き止めなかったのだろう。彼の様子がおかしいとわかっていたのに。
グレイは誰よりも強くて、負けたところなど見たことがない。だからこそ、彼が死ぬところは全く想像できなかった。
でももし、もし本当にこの世からいなくなってしまったら――。
そう思うと、恐怖で足がすくむ。目の前が真っ暗になりそうだ。
リズベットが俯いていると、震える拳をレオナルドがそっと握ってくれた。青の瞳がこちらを射抜くように覗き込んでくる。
「リズ。絶対に助けよう。公爵家の衛兵は俺に任せてくれ。リズは、グレイの治療を」
「……はい!」
英雄の言葉に勇気づけられ、リズベットは心に巣食う恐れを振り払う。
本来の力を取り戻した今、どんな傷でも治す自信があった。あとは、彼が命尽きる前にたどり着けるかどうかだ。
(待ってて、グレイ。今助けに行くから……!)
* * *
馬車から降りたリズベットは、その光景に愕然とした。
アールリオン家の広大な庭には、おびただしい数の衛兵が転がっている。全てグレイが倒したのだろう。これほどの私兵を抱えられるほど、今のアールリオン家は栄華を極めているらしい。
そして、庭の奥にある荘厳な屋敷は、燃え盛る炎に包まれていた。
嫌でも十三年前のあの事件を思い出す。家族全員が殺されたあの日の夜も、屋敷は真っ赤に燃えていた。
「そんな……グレイ……グレイ!!」
リズベットは屋敷に向かって叫んだ。
あの中にいたら、もう助けられない。脳がそう理解した途端、頭からサーッと血の気が引いていく。
しかし、絶望するリズベットとは異なり、レオナルドは至って冷静だった。
「リズ。少し下がっていてくれ」
彼は落ち着いた声でそう言うと、徐ろに手を挙げ、天にかざした。
するとどうだろう。雲一つない夜空に、雨雲がみるみるうちに形成されていく。それも、屋敷の上だけに。
気がつけば、太く長い柱のような雨雲が、今にも落ちてきそうなくらいパンパンに膨れ上がっていた。こんな光景見たことがない。天候を操れる魔術師など、この世にどれだけ存在するだろうか。
そして、レオナルドが勢いよく手を振り下ろした途端、バケツを引っくり返したような豪雨が屋敷に激しく打ち付けた。
バチバチバチと大きな音が響き渡り、耳をつんざく。リズベットは思わず耳を両手で塞ぎ、そのあり得ない光景を呆然と眺めていた。
(これが、英雄の力……)
屋敷を包んでいた炎は次第に小さくなっていき、雨雲が消える頃にはすっかり鎮火していた。幸い消火が早かったためか、屋敷は焼け落ちることなく、外壁もしっかりと残っている。
これなら中に入って、グレイを探し出すことが出来そうだ。
こちらを振り返ったレオナルドは、これくらい朝飯前だというように涼しい顔をしていた。そして、強く、頼もしい英雄の眼差しが、リズベットに向けられる。
「行こう、リズ」
「はい!!」
そうして二人は、アールリオンの屋敷へと足を踏み入れていった。