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33.英雄の眼差し


 レオナルドの話を聞き終えたリズベットは、必死に頭の中を整理していた。


「情報が多すぎて……何が何やら……」


 自分の瞳の秘密。そして、命を狙われる理由と、その黒幕。

 大聖女の真相と、レオナルドとアールリオンの因縁。


 どれもこれも驚くべき事実ばかりで、動揺と混乱が止まらない。


(でも、今は――)


 リズベットは頭をふるふると振り、すぐに思考を切り替えた。


 今は何より、グレイのことだ。


「アールリオン家を襲撃しているのは、グレイ、ですね?」


 確信めいてそう言うと、レオナルドは深刻な表情で頷いた。


「ああ、恐らく。あいつは、アールリオン家を文字通り潰すことで、リズの問題にカタをつけるつもりなんだと思う。だが今のあいつの状態では、公爵にたどり着くどころか、アールリオンの衛兵を倒し切るのも難しいかもしれん」

「なんでそんなこと、勝手に……!」


 焦り、不安、怒り。いろんな感情が渦巻き、握る拳に思わず力が入る。


 グレイは何も言ってくれなかった。何も教えてくれなかった。


 たくさん刺客が襲ってきていたのに、彼は一人でそれを片付けていた。

 こちらに心配をかけまいとしてか、何も起きていないふりをして、平気なふりをして。


 全部一人で抱え込んで、ボロボロになるまで戦って、一人で全部勝手に決めて、一人で勝手に消えて。


 次に会ったら、文句のひとつでも言わないと気がすまない。


 ――でも、これも全て自分のせいだ。


 自分が弱いから。自分で自分の問題を解決できるほどの力がないから。


(……グレイが死んだら、どうしよう)


 昨日、グレイが出ていった日、どうして無理矢理にでも引き止めなかったのだろう。彼の様子がおかしいとわかっていたのに。


 グレイは誰よりも強くて、負けたところなど見たことがない。だからこそ、彼が死ぬところは全く想像できなかった。


 でももし、もし本当にこの世からいなくなってしまったら――。


 そう思うと、恐怖で足がすくむ。目の前が真っ暗になりそうだ。


 リズベットが俯いていると、震える拳をレオナルドがそっと握ってくれた。青の瞳がこちらを射抜くように覗き込んでくる。


「リズ。絶対に助けよう。公爵家の衛兵は俺に任せてくれ。リズは、グレイの治療を」

「……はい!」


 英雄の言葉に勇気づけられ、リズベットは心に巣食う恐れを振り払う。


 本来の力を取り戻した今、どんな傷でも治す自信があった。あとは、彼が命尽きる前にたどり着けるかどうかだ。


(待ってて、グレイ。今助けに行くから……!)




* * *




 馬車から降りたリズベットは、その光景に愕然とした。


 アールリオン家の広大な庭には、おびただしい数の衛兵が転がっている。全てグレイが倒したのだろう。これほどの私兵を抱えられるほど、今のアールリオン家は栄華を極めているらしい。


 そして、庭の奥にある荘厳な屋敷は、燃え盛る炎に包まれていた。


 嫌でも十三年前のあの事件を思い出す。家族全員が殺されたあの日の夜も、屋敷は真っ赤に燃えていた。


「そんな……グレイ……グレイ!!」


 リズベットは屋敷に向かって叫んだ。


 あの中にいたら、もう助けられない。脳がそう理解した途端、頭からサーッと血の気が引いていく。


 しかし、絶望するリズベットとは異なり、レオナルドは至って冷静だった。


「リズ。少し下がっていてくれ」


 彼は落ち着いた声でそう言うと、徐ろに手を挙げ、天にかざした。


 するとどうだろう。雲一つない夜空に、雨雲がみるみるうちに形成されていく。それも、屋敷の上だけに。


 気がつけば、太く長い柱のような雨雲が、今にも落ちてきそうなくらいパンパンに膨れ上がっていた。こんな光景見たことがない。天候を操れる魔術師など、この世にどれだけ存在するだろうか。


 そして、レオナルドが勢いよく手を振り下ろした途端、バケツを引っくり返したような豪雨が屋敷に激しく打ち付けた。


 バチバチバチと大きな音が響き渡り、耳をつんざく。リズベットは思わず耳を両手で塞ぎ、そのあり得ない光景を呆然と眺めていた。


(これが、英雄の力……)


 屋敷を包んでいた炎は次第に小さくなっていき、雨雲が消える頃にはすっかり鎮火していた。幸い消火が早かったためか、屋敷は焼け落ちることなく、外壁もしっかりと残っている。


 これなら中に入って、グレイを探し出すことが出来そうだ。


 こちらを振り返ったレオナルドは、これくらい朝飯前だというように涼しい顔をしていた。そして、強く、頼もしい英雄の眼差しが、リズベットに向けられる。


「行こう、リズ」

「はい!!」


 そうして二人は、アールリオンの屋敷へと足を踏み入れていった。


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