数日後、レオナルドが再びリズベットの自室へとやってきた。
アールリオンの裁判が一通り終わったとのことで、その報告だ。
レオナルドの執念の調査によって、魔力暴走誘発事件とエインズリー侯爵家惨殺事件の両方で、アールリオンを裁くことができた。グレイが公爵の証言を録音して残したことも大きかったそうだ。
アールリオン公爵と、事件に関わった製薬会社の人間、雇われた殺し屋は、みな死罪となり、アールリオン家は取り壊しになることが決まった。マイアは事件に関与していなかったが、アールリオン家の者として償うため、北の修道院で奉仕活動に従事するようだ。
そして、レオナルドの立太子と、リズベットの大聖女就任の具体的な日取りが決まった。
その日は大々的にセレモニーを開催し、二人の婚約祝いも兼ねるらしい。国民の反応が気になるところだが、全ての事実が明るみになれば、レオナルドへの印象もきっと良い方向に変わるだろう。
全てを説明し終えたレオナルドは、そばで控えていたグレイに視線を移した。
「グレイ。悪いが少し二人きりにしてくれ」
「はいよ。リズ、王子殿下に襲われそうになったら呼べよ」
「おそっ……! なんてこと言うのよ!!」
「ハハッ。じゃあ、ごゆっくり」
グレイはカラリと笑うと部屋を出ていった。
レオナルドと二人きり。グレイが余計なことを言うから変に意識してしまい、勝手に心臓がドキドキとうるさく鳴り出す。
「隣に座ってもいいか?」
「は、はい!」
緊張して声が裏返ってしまった。あまりにも恥ずかしくて俯いていると、レオナルドが隣に腰掛けながら笑みをこぼす。
「フッ。そんな身構えなくても、何もしない。多分な」
「多分ってなんです!?」
バッと顔を上げると、青の瞳と目が合った。それだけで、ドクンと胸が高鳴る。
そして彼は、愛おしそうに微笑むのだ。
「やっとこちらを見てくれた」
「ひ、卑怯です……」
そんなことを言われては視線を逸らすこともできず、俯きたくなるのをぐっと堪える。
するとレオナルドは笑みを消し、真面目な表情になって話し始めた。
「リズ。君に助けてと言われたのに、問題を解決するのが随分と遅くなってすまなかった」
「いえ、そんな事は。レオ様がいなければ、今頃どうなっていたことか」
「全てこちらで片付けてから迎えに行くつもりだったんだが、結局ぐだぐだになってしまって、なんとも格好がつかないな」
そう言うレオナルドは、バツが悪そうに頬を掻いていた。
レオナルドは王城に戻ってからというもの、アールリオンを裁くために日々奔走してくれていたそうだ。公爵を捕らえてからも、彼を裁くために日夜働き詰めだった。
レオナルドの努力がなければ、こんなにも早く事件が解決することはなかっただろう。
そんな彼が、かっこ悪いわけがない。
「レオ様は、いつだってかっこいいですよ」
「それは……照れるな」
レオナルドは口元を抑え、わずかに視線を逸らした。頬が少し赤くなっている。
彼が照れる姿は大変貴重だ。リズベットはじっと見つめて目に焼き付けておいた。
すると彼は咳払いをして、また真面目な顔に戻る。
「近く、俺は王太子に、君は大聖女になる。必然的に俺達は婚約することになるが、そんな制度上決められているからという理由ではなく、俺はリズを愛しているから君と結婚したいと思っている」
真剣な眼差しに射られ、リズベットの顔は一気に熱を持った。愛の告白の不意打ちはずるい。
そしてふと、彼が言っていたことを思い出す。
『言われなくても、王になってやるさ。王になるべき理由ができたからな』
王になるべき理由。それは、大聖女であるリズベットを妻にするため、ということだったのだろう。
そのことに気づき、余計に頬が赤くなる。恥ずかしいけれど、胸が高鳴って仕方がない。
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
彼が愛してくれていることが、こんなにも嬉しい。
嬉しくて胸がキュッと締め付けられる。
思わず泣いてしまいそうになるのを堪えていると、レオナルドが不意に立ち上がった。そしてリズベットの前に跪き、その手を取る。
「リズベット、心から君を愛している。願わくば、俺の妻になって欲しい」
英雄の青の瞳が、リズベットをしっかりと捉えていた。
答えは、とうに決まっている。
「私も、レオ様のことが好きです。大好きです。私を、あなたの妻にしてください」
言い切ると同時に、リズベットの瞳から涙がこぼれた。ポロポロと涙を流すリズベットを、レオナルドは不安そうに見つめる。
「リズ? どうした?」
「やっと……やっと言えた」
リズベットは泣きながら笑った。
自分の気持ちを隠さず伝えられることが、こんなにも幸せなことだとは思わなかった。心のつかえが取れ、モヤモヤしていたものが一気に晴れていく。
一方のレオナルドはつらそうに顔を歪めると、リズベットをぎゅっと抱きしめた。
「待たせてすまなかった」
「いいえ。今まで言えなかった分、これからたくさん、たくさん言います。愛しています、レオ様」
「俺も愛している、リズ」
レオナルドが一度離れる。
しばらく見つめ合った後、どちらからともなく目を閉じた。そして、優しい、優しい口づけをした。
「何もしないって言いませんでした?」
「多分、とも言ったぞ?」
「ふふっ。そうでしたね」
レオナルドとリズベットは笑いあった。二人を阻むものは、もう何も無い。
落ちこぼれ聖女は、身を隠し静かに暮らすことを止めた。
これからは、愛する人の隣で、笑って生きていく。