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41.やっと言えた


 数日後、レオナルドが再びリズベットの自室へとやってきた。


 アールリオンの裁判が一通り終わったとのことで、その報告だ。


 レオナルドの執念の調査によって、魔力暴走誘発事件とエインズリー侯爵家惨殺事件の両方で、アールリオンを裁くことができた。グレイが公爵の証言を録音して残したことも大きかったそうだ。


 アールリオン公爵と、事件に関わった製薬会社の人間、雇われた殺し屋は、みな死罪となり、アールリオン家は取り壊しになることが決まった。マイアは事件に関与していなかったが、アールリオン家の者として償うため、北の修道院で奉仕活動に従事するようだ。


 そして、レオナルドの立太子と、リズベットの大聖女就任の具体的な日取りが決まった。


 その日は大々的にセレモニーを開催し、二人の婚約祝いも兼ねるらしい。国民の反応が気になるところだが、全ての事実が明るみになれば、レオナルドへの印象もきっと良い方向に変わるだろう。


 全てを説明し終えたレオナルドは、そばで控えていたグレイに視線を移した。


「グレイ。悪いが少し二人きりにしてくれ」

「はいよ。リズ、王子殿下に襲われそうになったら呼べよ」

「おそっ……! なんてこと言うのよ!!」

「ハハッ。じゃあ、ごゆっくり」


 グレイはカラリと笑うと部屋を出ていった。


 レオナルドと二人きり。グレイが余計なことを言うから変に意識してしまい、勝手に心臓がドキドキとうるさく鳴り出す。


「隣に座ってもいいか?」

「は、はい!」


 緊張して声が裏返ってしまった。あまりにも恥ずかしくて俯いていると、レオナルドが隣に腰掛けながら笑みをこぼす。


「フッ。そんな身構えなくても、何もしない。多分な」

「多分ってなんです!?」


 バッと顔を上げると、青の瞳と目が合った。それだけで、ドクンと胸が高鳴る。


 そして彼は、愛おしそうに微笑むのだ。


「やっとこちらを見てくれた」

「ひ、卑怯です……」


 そんなことを言われては視線を逸らすこともできず、俯きたくなるのをぐっと堪える。


 するとレオナルドは笑みを消し、真面目な表情になって話し始めた。


「リズ。君に助けてと言われたのに、問題を解決するのが随分と遅くなってすまなかった」

「いえ、そんな事は。レオ様がいなければ、今頃どうなっていたことか」

「全てこちらで片付けてから迎えに行くつもりだったんだが、結局ぐだぐだになってしまって、なんとも格好がつかないな」


 そう言うレオナルドは、バツが悪そうに頬を掻いていた。


 レオナルドは王城に戻ってからというもの、アールリオンを裁くために日々奔走してくれていたそうだ。公爵を捕らえてからも、彼を裁くために日夜働き詰めだった。


 レオナルドの努力がなければ、こんなにも早く事件が解決することはなかっただろう。


 そんな彼が、かっこ悪いわけがない。


「レオ様は、いつだってかっこいいですよ」

「それは……照れるな」


 レオナルドは口元を抑え、わずかに視線を逸らした。頬が少し赤くなっている。

 彼が照れる姿は大変貴重だ。リズベットはじっと見つめて目に焼き付けておいた。


 すると彼は咳払いをして、また真面目な顔に戻る。


「近く、俺は王太子に、君は大聖女になる。必然的に俺達は婚約することになるが、そんな制度上決められているからという理由ではなく、俺はリズを愛しているから君と結婚したいと思っている」


 真剣な眼差しに射られ、リズベットの顔は一気に熱を持った。愛の告白の不意打ちはずるい。


 そしてふと、彼が言っていたことを思い出す。


『言われなくても、王になってやるさ。王になるべき理由ができたからな』


 王になるべき理由。それは、大聖女であるリズベットを妻にするため、ということだったのだろう。


 そのことに気づき、余計に頬が赤くなる。恥ずかしいけれど、胸が高鳴って仕方がない。


 嬉しい、嬉しい、嬉しい。


 彼が愛してくれていることが、こんなにも嬉しい。


 嬉しくて胸がキュッと締め付けられる。


 思わず泣いてしまいそうになるのを堪えていると、レオナルドが不意に立ち上がった。そしてリズベットの前に跪き、その手を取る。


「リズベット、心から君を愛している。願わくば、俺の妻になって欲しい」


 英雄の青の瞳が、リズベットをしっかりと捉えていた。


 答えは、とうに決まっている。


「私も、レオ様のことが好きです。大好きです。私を、あなたの妻にしてください」


 言い切ると同時に、リズベットの瞳から涙がこぼれた。ポロポロと涙を流すリズベットを、レオナルドは不安そうに見つめる。


「リズ? どうした?」

「やっと……やっと言えた」


 リズベットは泣きながら笑った。


 自分の気持ちを隠さず伝えられることが、こんなにも幸せなことだとは思わなかった。心のつかえが取れ、モヤモヤしていたものが一気に晴れていく。


 一方のレオナルドはつらそうに顔を歪めると、リズベットをぎゅっと抱きしめた。


「待たせてすまなかった」

「いいえ。今まで言えなかった分、これからたくさん、たくさん言います。愛しています、レオ様」

「俺も愛している、リズ」


 レオナルドが一度離れる。


 しばらく見つめ合った後、どちらからともなく目を閉じた。そして、優しい、優しい口づけをした。


「何もしないって言いませんでした?」

「多分、とも言ったぞ?」

「ふふっ。そうでしたね」


 レオナルドとリズベットは笑いあった。二人を阻むものは、もう何も無い。







 落ちこぼれ聖女は、身を隠し静かに暮らすことを止めた。


 これからは、愛する人の隣で、笑って生きていく。



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