「「「異世界、ねぇ……」」」
つい先ほどの感動の再会から一変。
現在は食卓で急遽こしらえられた鍋を全員で囲み、怪しげな訪問販売を見る視線に晒されている。
「ダンジョンが一般化している現代日本国民に異世界の存在を疑う権利は、悪いけどないぞ」
出汁に薄い肉を潜らせるしゃぶしゃぶ鍋。
ゴマだれと白米の組み合わせ——ファミレスでも久しぶりの米や味噌に感動したがあの時は甘味に対する感涙が止めどなかった為にスルーしていた。
ただ、二十年振りの実家で食べる『和食』には感動も一入。
胡乱な視線の両親と妹に半目で苦言を返すも、箸は止まらない。
「ん、勇者——リョウマの言うことは本当、です。私自身が証明……です」
あまり他人に慣れていなソフィアが緊張した面持ちで、手にしていた器と箸を丁寧に置き、しっかりと受け応える。
「「「まぁ〜ソフィアちゃんが言うなら……」」」
明らかな対応の違いに意義を申し立てたい所存ではあるが、まあ、確かにソフィアの存在以上に確かな証拠というのも、
「ソフィアちゃんも初めての場所で大変だったわねぇ、涼真だけじゃ身の回りの事とか全然気が回らなかったでしょう? 家にあるものはなんでも使って良いからね?」
「そんな若い身空で、大変な苦労を……この家を自分の家だと思って過ごしなさい。涼真、ソフィアちゃんが苦労する様なこと、父さん絶対許さないからな?」
「ソフィアちゃん可愛い〜、ねぇ、アタシの事は『おねぇちゃん』って呼んでいいからね? もしお兄ちゃんに変なことされたり、強要されたら、すぐ! アタシに相談して!」
証拠とか信憑性とか絶対関係ないだろお前ら。
それに、何故俺がソフィアに何かをする前提なんだよ——ソフィアは友であるベリアルの大切な娘で俺にとって。
「勇、リョウマは、お父様が誰よりも、同族よりも信頼した人。
私も——……、だからリョウマのお父様、お母様、お姉さ——おねぇちゃん、リョウマを信じてあげて欲しい、です。
私の事も、こんなに暖かく迎え入れてくれて、ありがとう、です」
辿々しくも、強い意志を宿したソフィアの瞳。
両親と妹は、
「「「っ——トゥンクっ」」」
即落ちしていた。
こんなんだったか? ウチの家族って。
「この二十年……最悪の自体も考えていたが、父さんも母さんも諦めることはしなかった。
今日は良い日だ——涼真が帰ってきただけでなく、氷室家に新しい家族が増えた! 今日は盛大にパーっと」
「——あなた、お酒は発泡酒二缶までです」
ぴしゃりと区切られた父の宣言。
母は「ソフィアちゃん?遠慮せずいっぱい食べてね」父への態度とは一転して嬉しそうにソフィアと談笑。
「父さんな、お前が成人して酒を酌み交わすのを楽しみにしていたんだぞ? せっかく飲める歳になって帰ってきたんだ、今日はおもいきり」
「振った麦茶でどうぞ」
母の片手でシェイクされたピッチャーの麦茶が物悲しく泡立っている。
世知辛いな父よ。
ここは感動の再会を果たした息子が助け舟でも出してやるか。
「なあ、母さん。俺もせっかく帰って——」
「涼真は黙ってなさい。感動の再会にお酒が必要な理由はありません」
俺と父は二人並んでズーンとなった。
異世界の魔王様より恐ろしいぞ、母よ。
「お母様、お酒嫌い? です? 私のお父様もよくお酒を飲んでたけど、私はそんな姿も嫌いじゃ、なかった」
一通りの事情を聞いている両親と妹の涙腺がソフィアの儚げな表情と言葉で欠壊。
初孫に一喜一憂するじいちゃんとばあちゃんを見ている様だ。
「ちょっと湿っぽい話になるけど、ウチのお父さんね、その、お兄ちゃんが居なくなってから一時期お酒に逃げちゃった時期があって……肝臓をだいぶ悪くしちゃったのよ。
お母さんもその時すごく苦労してて、だから嫌いって訳じゃなくて心配なの」
苦笑いを浮かべながら俺の様子をチラチラと伺う様にソフィアへと説明して聞かせる妹。
一応『お兄ちゃん』とは呼んでくれているが、その視線と表情は未だぎこちない。
まだ小さかった妹にとっていきなり『日常』に振ってきた俺の存在を受け入れるのに時間がかかるのも当然だろう。
両親にしても俺への接し方に僅かながらまだ戸惑いが見て取れる訳だし、ただこの問題に関しては焦らずに、ゆっくりと時間をかけて両親と妹、空白になってしまった時間を埋めて——。
「勇、リョウマ。お父様に【神聖治癒魔法】かけてあげて」
「ん? ああ、それなら肝臓とか諸々含めて健康になるな、よし」
俺は〈聖剣ルクス〉から〈神聖力〉を引き出し、通常の【治癒】とは異なる魔法を構築していく。
通常の【治癒魔法】だけでなく基本的に魔法の発動に必要なのは〈魔法〉そのものへの深い理解と適正、イメージ、起動に必要な魔法式、最後に最も重要な要素でもある〈魔力〉な訳だが、
「「ち、治癒魔法!?」」
「え、ちょ、っと、〈ウェポンモジュール〉もないのに!? それに、【治癒魔法】なんて最高級魔法っ」
両親と妹が何故かあんぐりと顎を落として目を白黒させているが、今は集中——。
通常の【治癒魔法】の特徴である淡い薄緑色の魔力光とは異なり、俺の両手に浮かんだ魔法陣は暖かい陽光の色味を放っている。
これが【神聖治癒魔法】最大の特徴でもあり、その根源が〈魔力〉ではなく〈神聖力〉である証拠。
あちらの世界で〈女神〉から称号を授かった〈勇者〉だけが用いる事ができる〈聖なる力〉。
邪悪を退け、闇を打ち滅ぼし、万物に癒しと恵みをもたらす〈神聖力〉を用いた【神聖治癒魔法】は、外傷を治癒するだけの【治癒魔法】とは一線を画する。
「お、おお、おおおおお!? 滾るっ! 滾るぞっ! ふぁいとぉおおおおっ!」
『一発』は諸事情で返してやれないが、俺の魔法が手を離れ父の全身を淡く包み込んでいく過程で変化は分かり易く起こった。
「あなた!」
「お、お父さん!?」
「「髪が!!」」
二十年の歳月を感じさせていた父の寂寥感溢れる頭皮にはファサッとした毛髪が蘇り、俺の知る当時よりも皺の刻まれた顔には張り、健康で若々しい姿へとなり変わっていく。
「ふは、ふははははっ! わかるぞ、この活力が漲る感じ! 五歳、いや十歳は若返ったようだ!」
唖然としている母と妹を横目にポージングを決めながらはしゃぐ父。
喜んでくれたなら、まあ、良かった。
【神聖治癒魔法】はあらゆる病を癒し、怪我を治し、部位欠損どころか、二十四時間以内なら蘇生すら可能にする最高位の治癒魔法。
副産物的な効果として筋肉量が増えたり、肌年齢が戻る、内臓脂肪が綺麗さっぱりなくなる事もあれば、人によっては父の様に髪が蘇ることもある。
総じると個人差はあるが、副次的に若返りの効果がある。
ただ、あくまで副次的な効果のため、怪我も病気もない者に魔法を行使し続けてどんどん若返る、ということはない。
全く効果がないわけではないが、難点として最もその効果が顕著に現れるのが〈初回限定〉という所だろうか。
一度〈神聖力〉をその身に浴びると、怪我や病気などしにくくなり俺の様に老化も抑制してくれるが、〈神聖力〉の影響を受けた身体に重ね掛けのような効果は起こらないのだ。
「と、いうこと。リョウマの持つ勇者の力は通常の魔法と違って——」
「「……」」
意識を向ければ血走った眼差しでコクコクと首を縦に振りながらソフィアの説明を受ける母と妹。
「涼真〜?」
「リョウマお兄ちゃあん?」
ソフィアからあらましを聞いた二人の双眸が同時に俺を捉えた。
野生のオーガ並みの膂力で両脇から腕が拘束される。
ゆっくりと時間をかけて縮めるはずの距離は一瞬でゼロ距離になった。