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第18話:異世界式魔法学講座開講のお知らせ

 白髪混じりだった髪色に健康的な艶を取り戻し、ウットリと手鏡を見つめる母。


 たいして鍛えていた訳でもないのにも関わらず薄らと割れて存在の主張を始めた腹筋に力を入れて全身鏡の前でポージングを繰り返す父。


 ソッとしておいてあげた方がよさそうな両親を置いて俺は、両親同様にご機嫌な妹とソフィアの三人で食事の続きを再開しながら話をしていた。


「シミも消えたし、気になってた浮き輪肉も消えた! お肌もまるで十代っ! 本当にありがとう、お兄ちゃんっ」


 なんとなく現金な笑顔を讃える妹に苦い笑みで返し、首を振って真面目な表情を作る。


「このくらい何て事ないさ。今までお前には俺の事で負担を背負わせただろう?」


 チラリと今は浮かれまくっている両親を見やり、先ほど妹——舞衣が語ってくれた父の姿と、荒れた家庭、理不尽な環境に巻き込まれたまだ幼かった舞衣の心境を思い浮かべると、それだけでズシリと心に重りを感じる。


 そんな俺の真面目な問いに、大人になった妹は優しく口元を揺るまっせながら柔らかく被りを振った。


「そういうのは、言いっこなし。私たちも大変だった……。

 でも、ソフィアちゃんから聞く限りお兄ちゃんも、とても大変だった。

 アタシの記憶の中のお兄ちゃんは確かに朧げで、今の『お兄ちゃん』にいきなり『兄』として全幅の信頼を持てって言われても直ぐには難しいけれど、だからと言って自分の感情と現実に折り合いをつけられないほど、もう子供でもないわよ?」


 先ほどまでのはしゃいだ様子がすっかりと鳴りを潜め、大人の女性の雰囲気を纏った妹は言いながら父が飲みかけていた酒に手を伸ばしグラスに注いだ後で、俺へと差し向けてきた。


「そうか……。お互い、知らない間に大人になっちまったってことなんだな」


 俺が差し出したグラスに注がれていく黄金色の麦酒。


 美味いんだろうな——思いながらも口は付けずに、酒を飲んでほんのりと頬の赤みがかった妹へ視線を返す。


「今は何の仕事を——というか、お前も〈探索者シーカー〉なんだよな?」


「……」


 舞衣はスッと目を細めて俺を見る。

 しばし沈黙の後盛大にため息を吐いて応えた。


「そうだし、なんとなく? お兄ちゃんの表情から言いたいことはわかるけど。車の件は、流石にまだ踏み込んで欲しくない。

 それに、アタシはアタシでそこそこ『やれる』〈探索者シーカー〉として大きな〈クラン〉に所属してるから今更心配も配慮も無用……。

 お兄ちゃんこそ? どうやったか知らないけど〈モジュール〉なしで、しかもあんなに凄くて希少な【魔法】、人前で使ったら大騒ぎだからね?」


 精神年齢的にも考え方的にも俺より大人っぽい妹に大凡考えていた内容を大半完封され口を噤む。



『おにいちゃん! いってらっちゃい』



 舌ったらずで可愛さしかなかった愛くるしい五歳の妹の姿が蘇った。


 嗚呼、二十年って歳月は短いようで恐ろしい程の変化をもたらすものなんだな。


 面影は残していても完全な大人へと変貌した妹。


 俺がなんと言葉をかけていいかわからずにいたところへ、


「舞衣お姉様——お姉ちゃんは」


「——っ!! ソフィアちゃん? さっきはお姉ちゃん呼びって言ったけど、もう一回普通に呼んでみてくれないかな?」


 何か思うところがありそうなソフィアが会話に入ってきたタイミングで、妹は雷鳴に打たれたかのように硬直しプルプルと震えからの鼻息荒くソフィアへと詰める。


 なんだよ、真面目な話の雰囲気だっただろ? 今。


「舞衣お姉様」


「——っ!? 良き。

 お姉ちゃんという可愛らしさ溢れる呼ばれ方もヨダレ必死だったけど。コレはコレで……そもそも『お姉様呼び』なんて乙女ゲーの可愛い妹キャラぐらいしか——アリね、こんなに可愛い妹キャラがリアルで『お姉様』。滾るわっ!」


 両親に負けず劣らず妹もソフィアへのインプレッションを多少拗らせていた。


「ウチの家族がなんかすまん」


「大丈夫、とても暖かくて楽しい」


 首をゆっくりと振って歯に噛む笑顔は、異世界からこの場所にやってくるまでで最も年齢相応にリラックスしているように思えた。


「ソフィアは舞衣に何か言いたかったんじゃないのか?」


「あ、うん。お姉様も、お父様も、お母様も勇者——リョウマの大切な家族。だから、この世界に溢れているの知識のままでいて欲しくないと思う」


『勇者』という単語から涼真という名前呼びに変わったのは家族への配慮だろうな。


 ただ、あまりソフィアには呼ばれ慣れていないためどことなくムズムズする気もするが。


 話を戻すと、ソフィアの今言った言葉と憂は俺も同感だ。


 現代に浸透している魔法の知識は、基本的に間違っている。


 それを改革しようとか正しい知識を広めようとは思わないし、面倒な争いの種にも成りかねない。


 これは単なる俺のエゴ。


 異世界という特殊な環境で生き、まさしく本家本元の『魔法世界』で本来の【魔法】を知っている俺とソフィアだからこそ持ち得る特権。


 この特権を大切な家族のために使いたいという思いはソフィアも同じでいてくれたようで、


「アタシたちの魔法が間違ってるって、どういうこと?」


「父さんは、魔法の訓練なんて受けてないからそもそも成否の基準もわからないけどな」


「やだ、あなた。わたしだってそうですよ? 今は舞衣のコネでクランの食堂パートさせてもらってますけど、魔法なんてチンプンカンプンです」


 チンプンカンプンって久しぶりに聞いたな。


 のほほんと話を聞いている両親と違い、舞衣は〈探索者シーカー〉としてのプライドがあるのか、露骨ではないもののソフィアの言葉に多少引っ掛かりを感じている様子。


 間違っている、というかそもそもの話なんだがな。


「まあ、まあ。聞いて損はないぞ? なんと言ってもソフィアは俺の唯一であり無二の友、魔法という概念に愛された魔王の娘だからな」


 誇らしげに友の娘を評する俺の肩を恥ずかしそうに頬を赤らめたソフィアが『ぽこぽこ』と叩く。


 ただ、見た目ほど可愛らしい、威力じゃないんだが——っ。


 ゴキャッと肩から鈍い音。


「あ」


 あ、じゃないよ。


 俺は静かに自前で治癒魔法をかける。


「俺じゃなかったらヤバい威力なんだから気をつけるんだぞ?」


「……私が魔力を込める相手は、リョウマか爆ぜてもいい相手だけだから大丈夫」


「爆ぜてもって……俺はその枠にはいっているのか」


「リョウマは爆ぜない。だから百発くらいは大丈夫」


 百発殴っても大丈夫って、俺はどこかの百人乗っても平気な物置じゃないんだが。


 ソフィアは多少鼻息の荒いまま三人へと向き直り、異世界式魔法講座を開講するのだった。

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