教会と王国が滅んだことで、自動的に私の仕事場も無くなってしまった。
だから本来の予定より少し長く、私はエルセリアに滞在することにした。
だが二か月後、わたしの元に一通の手紙が届いた。
その封蝋は私の知ってるどの封蝋とも一致しない。しかし同時に気づいた。
これは新しく建国されたディサリオンの封蝋だと。
手紙の内容は短いながらもこう綴られていた。
『ミラフェスさん。お久しぶりです。ディオです、覚えているでしょうか。あなたにお話と相談があります。一度ディサリオンに来ていただけますか?』
行かないわけにはいかなかった。
ディゲーニアはディサリオンとなり、ニースはディオとなって国王となった。
教会の編纂者ではなくなったとしても長年の習慣によって知りたいという欲求は消えない。
だから私は、ディサリオンに行くことにした。
「……まじか」
ディサリオンは建国後、魔族領に張られていた結界も解除されたらしく、そこに住んでいた魔族も次々とこのディサリオンに来ていた……とは聞いていた。
だがいくら時が経とうが、魔族と人間だ。
そんな早くに仲良くなれるはずがないと思っていたのだ。
だがそんなことは杞憂だったようだ。
王国に入った瞬間、まるでそれが当然だったかのように、昔からそうだったかのように魔族と人間が笑いあってそこに居たのだ。
……ある意味、国民にとって魔族の存在などどうでも良かったのだろう。
160年前までは人間も魔族も共生していたのだから。
教会だけが、魔族を敵視していたのだから。
その存在が消えた今、また前のように戻っただけなのだ。
そして私はそのまま王宮に移動した。
王宮の王座の間、その椅子にニースは座っていた。
「ミラフェスさん。お久しぶりです」
「やあ……ニース……と呼んだほうがよろしいですか?それともディオ?」
「……!」
「……ん?」
私が国王をニースと呼ぶと、彼は少し驚いたような表情を見せた。
「……ふ、ディオでお願いできますか?それとあなたは私にとって恩人……とも言える存在です。そのような言葉遣いはなさらず」
「……そうか。ならディオと呼ばせてもらうよ。それで?今回呼んだ理由は何かな?」
「その前に……」
ディオが椅子から立ち上がると静かに私の元へ歩いてくる。
「……?」
「最初に一つだけ確認したいことがあります。……ミラフェスさん、あなたはあの時、私に噓の報告をしましたか?」
「え?……嘘?……」
嘘……つまり事実を捻じ曲げること。
いや、そんなことはしたことが無い。
確かに過去、教会から教会や王国に不都合な事実を記録に残そうとして教会からこっぴどく怒られたことはある。
それでも私は歴史に忠実にをモットーにしてきたのだ。
確かに一部の証言者の名前を隠しこそはしたが、それ以外にすべてを包み隠さず伝えたはずだ。
嘘はついていない。
「……ふふふ、ははは」
「……何が……おかしいんです?」
「大丈夫です。最初のあなたの言葉、そして反応からあなたは嘘をついてないことが分かりましたから」
「……そう……ですか」
ディオは再び椅子に座った。
「では本題に入りましょう。ミラフェスさん……あなたにはディサリオンの正式な編纂者になっていただきたいんです」
「……それは……どうして?」
「歴史とは勝者が紡ぐ者、この国はまだ建国したばかりで正式な記録を編纂する者がいないのですよ。ですからミラフェスさんに頼みたいのです」
「……それは教会の誰かでも良いのでは?」
「確かに、ですが最初は皆志願しました。ですが全員心では死にたくない、あるいはいずれ諸外国が攻めてくるだろう。その時に王国内部の事情を知っている者なっていれば待遇が変わるかもしれない……そう言う目をしていたんです」
「……なるほど」
確かにそれは正しい判断かもしれない。全員が全員私のように真実を知りたいだけの連中ではないだろう。
依頼を達成した信用から来る……依頼なのかもしれない。
「いかがですか?教会に所属していたころよりも報酬は弾みませます」
「……それ……断ったら殺されるとかあるかい?」
「……いえ、私の恩人にそんなことするわけないでしょ?……でも一応聞いていいですか?何故断るのか」
「……分からなくなったんだ。私が何故編纂者になったのか」
「え?」
「元々私は教会の恩を返すために編纂者となった。だけど先の戦争の原因が教会だと判明した時、私は自分が今までしてきたことが間違っていたのではと考えてしまったんだよ」
「そんなことは!現にあなたは教会の罪を暴くことが出来たではないですか!」
「そうだね……だがこれは本来の理由ではない。もう一つ理由があるんだよ」
「何ですか?」
「ディオ、君にとって英雄とは何だい?」
「え?英雄ですか?父のような?」
「そうだ、だがディオ。君は父上を英雄と呼べるかい?」
「それは……」
「確かにファスコは戦争を終わらせて英雄となった。だが実際は?魔王を殺したと嘘をついて教会を潰す計画を立てたファスコを英雄と呼べるのかい?」
「……呼べます。どのような経緯があろうと父は最終的に魔族と人間が共生する国造りをするために生涯を掛けた!私はそんな父を英雄と呼びたい」
「そうか。だがこれからディサリオンは激動の時代に入るだろう。間違いなくこの60年の平和は破られるだろうね。その原因をファスコは作ってしまった。私は彼を英雄とは呼べないよ」
「ではあなたにとって英雄とは何ですか!」
「それを知りたいんだよ。君に伝えた記録には三人の英雄が居た。一人の妹を守るために戦った英雄。一人は意図せず英雄となった者。そして一人は魔族と人間の共存の為にすべてを懸けた英雄。三人とも英雄とは呼ばれてはいたが、先代英雄とも違うだろう?」
「……もしそうだとして、あなたはこれからどうしたいのです?」
「この国に関わらず、この世界にはいろんな国がある。そしてそこには色んな英雄と呼ばれる人が居るはずだ。私はその者たちの話を聞きたいと思ったんだ。そして知りたいんだよ、編纂者として真に英雄だったと書いても良い人物がどのような人物なのかをね」
「なるほど……本当の英雄を求める旅ですか。面白い、もし私が国王じゃなかったらその旅に同行したいぐらいに……もし答えが見つかって、あなたが書いた英雄に関する記録が出来たのなら……真っ先に私に見せて欲しいです」
「ああ、喜んで。だが君の依頼よりも長く時間が掛かるだろう調査だ。どれくらいの時間が掛かるのか分からないよ?」
「構いません。首を長くして待っています。それに、その旅には前回よりも多い路銀が必要では?」
「ふふふ、これは私が自らやりたいと思った調査だ。君からの依頼でもないしね。……そろそろ行くよ」
「分かりました。ああ、教会は潰しましたが、あなたの部屋は残してあります。荷物を持って行っては?それにあなたの部屋は残しておくつもりです、偶には戻ってきてくださいね」
「ありがとう」
一礼すると、久方ぶりに自室に戻るため、玉座の間を後にしようとした。
「あ、ミラフェスさん!」
「ん?」
「もし……もしです!その記録に名前を付けるとしたら……何という名前を?」
「……んー……そうだね。記録に書きたいと思える……本当に英雄と呼ぶにふさわしい人物に関する記録だから……『英雄の資格』かな」
そう言って、私は王宮を後にし、誰でもない只の編纂者としての旅路を歩き出した。