……外で鳥のさえずりが聞こえる。
もう朝か。
残念ながら一睡もできなかった。
今まで仕事で何度も徹夜したことはあった。でもここまで心労に来たことは無い。
そもそも私は何故この依頼を受けたのだったか。
長年分からなかったファスコ国王の魔王討伐に関する記録が分かると思ったからだ。英雄と呼ばれたファスコ国王がどのようにして魔王を討伐し、英雄と呼ばれるに至ったのか。
それを知ることが出来るかもしれないから依頼を受けたのだ。
しかし、いざ調査をしてみると……確かにファスコは戦争を終わらせはした。だが本来倒すべき魔王を殺さず、あまつさえ妻にして魔王側に寝返ったのだ。
一応戦争自体は終わりこそしたが……英雄と呼んで良いのかすら分からなくなる行動だ。
そんな国王が父親だった。それをニースに伝えて良いものかと、悩んだのだ。
でも一晩悩んだことである決断はできた。
夜になるとディオから手紙が届いていた。準備が出来ているのなら次の日にでも報告をしてもらいたいと。
報告の内容の性質から、教会の中の私の部屋ではどうしても話すことは出来ない。だから場所として教会から少し離れたカフェを指定した。
そして朝、報告をまとめた紙をバッグに入れると、私はディオに報告にするため部屋を出たのだった。
「お久しぶりです」
「ええ、お待たせしました」
カフェに着くとすでにディオ……いや、ニースはすでに席についていた。
どうやら報告を待ちきれずに先に待っていたようだ。
とりあえず椅子に座ると、コーヒーを頼む。
今だ心臓が高鳴っているのが分かるのだ、なんでもいいから飲んで落ち着かせたい。
普段であればすべての報告を行ってから報酬を受け取るのが普通だろうが、今回は先に報酬を貰った。
報告の内容でニースが動揺し、報酬を出す前に帰られては困るからだ。
「はい、では報酬は確認できました」
「では報告をお願いします」
「……その前に一つだけよろしいですか?」
「……なんです?」
「昨日、調査記録を纏めながら、この内容をあなたに話すべきかどうか最後まで悩みました。あなたの依頼はファスコ国王の知られていない魔王討伐に関しての調査、そしてあなたがファスコの子であるかの調査でありました」
「はい」
「そしてこの調査であなたが知りたいであろう事実のほぼすべてを私は確認することが出来た」
「はぁ……では何を質問したいのですか?」
「……副産物として、この調査ではとんでもない事実も私は知ってしまった。……そしてそれは……あなたが必ず動揺するでしょう、そしてあなたの人生どころかこの国の在り方さえ変わってしまうかもしれない。最後の確認です、私は一度依頼を受けたものとして報告の伝え方をあなたに託すことにした。すべてを知るか……それあなたの知りたかったことだけを知るか……それを確認したいのです」
「……」
そう、私がした決断はある意味他力本願、最終判断をニースに託したのだ。
私がどう報告するか判断するのではなく、ニースに選ばせる。私は編纂者、歴史を記すのが役目、その後どうするかは彼が選択することだ。
ニースは少し悩んではいたが、すぐに口を開いた。
「ミラフェスさん」
「何でしょう?」
「大丈夫です。すべてを話してください。元々国王は何か聞かせたくない過去があるから皆に……王宮付きの編纂者であるあなたにすら伝えなかったんです。私はファスコの息子、すべてを知る権利がある。だからお願いします」
「そう……ですか。分かりました。では報告をいたします」
ニースが決断したことで私は今回の調査で得られた事実のすべてを詳細に報告した。
一応フィオラの件に関しては本人の希望もあったので、証言者フィーの事は隠してこそいたが、それ以外は包み隠さず全てをニースに伝えたのだ。
最初こそ、真面目に聞いていたニースだったが、アウリスから聞いた話移ると次第に顔色が分かった。
そして……本来自分を育ててくれた母であるオリッサ……いやヴァシリッサの話に移るとついにニースは俯いてしまい、最後まで顔が上がることは無かった。
「……以上で報告を終了いたします」
「……」
ショックだろう。自分の父はファスコであると確信こそ出来たかもしれない。だが、同時にこの戦争が教会によって仕組まれたことであり、ファスコはヴァシリッサと手を組んだ。
そして本来、ファスコとノエルとの間に生まれた自分が用済みで死んでもおかしくはない状況であり、ヴァシリッサの温情?で生かされていただけだと知ったのだから。
「……大丈夫ですか?」
「え?……ああ、大丈夫です。……ミラフェスさん」
「はい」
「……実は……母が魔王であるヴァシリッサであることはあの依頼をした時点で知っていたんです」
「……え?……えええ!?どういうことですか!?」
「お前はファスコとノエルの子供だと言ったらどうする?と言われました。まあ父が魔王討伐で何をしたかまでは聞けませんでしたけど。多分信じてくれないと思ったんでしょうね。だからあなたに依頼するよう言ったんだと思います」
そういえば、ニースは依頼の時に言っていたな。
『本人の話が荒唐無稽過ぎたら、逆に周りから話を聞いて記録の正確さを確かめるのでは?』と。
なるほど、つまりあの時からヴァシリッサから真実を聞いていたんだ。
でも信じることは出来なかった。
だから私に依頼をしてアウリスに会わせることでヴァシリッサの話が真実か判断しようとしたんだ。
「それで?これからどうするんですか?」
「分かりません。少し考えてみるとにします。ミラフェスさんは?」
「そうですね。今回の調査はある意味短い旅のような物でしたが、本来旅とは心を休める物でしょう?当然と言えば当然ですが身も心も疲れ果ててしまいましてね、この国から東に行ったところに温泉で有名な休息地があるでしょう?休みを取ってそこでしばらく休もうかと」
「それはいい。私が言うのもあれですが、今回の依頼でミラフェスさんには多大な迷惑をかけてしまったと思っています。どうぞゆっくり休んでください。では、私はこれで失礼します。本当にありがとうございました」
「ええ、こちらこそ」
最初程ショックな様子を見せてない……とは思ったが、少しよろめきながら家路につく様子を見て、やはり我慢をしていたようだ。
ヴァシリッサの元から帰るときの私を見ているようだ。
……どうか、彼のこの先の人生に幸があらん事を。
その後、私は部屋に戻るとすぐさま旅の準備を始めた。
そして数日後には王国を出発し、東にあるエルセリアに向かっていた。
元々この調査終了後には行こうと思っていたのだが、あんな調査となったのだ、少しタイミングを繰り上げていくことにしたのだ。
ただこのエルセリアに来た理由はもう一つある。
ニースには全てを報告した。
つまり王国の未来はニースの手にゆだねられたのだ。
選択肢は二つ、ファスコの息子だと知ったとしても、ディオの国王就任を見届け、自分はヴァシリッサの店継ぐということ。
二つ目、これはある意味最悪の選択肢だ。
自分こそ、正統な王位継承者であるとしディオを暗殺し、国王に就任。そして先の戦争を引き起こした教会を潰す。
その先の展開はさすがに読めないが、少なくとも王国は一度壊滅するだろう。
ただそうなったとき、編纂者として歴史の変わり目としてその場に居て記録を取るべきだと思うだろう。
だが私はこの調査でかなり疲労をした。もし最悪の展開が起きれば必ず王国内は混乱するだろう。
今の状態じゃ、記録は愚か混乱に巻き込まれて死んでしまう恐れすらある。
歴史を知るために危険を冒す必要は無い。あえて距離を取って記録することも時には重要なのだ。
そして休息地に来て、数週間後の事だ。
エルセリアにとある情報が流れたてきたのである。
『ファスコ国王のもう一人の息子を名乗るディオという男がニース殿下を暗殺した。そして教会と王国を崩壊させ、魔族と人間が共生する新たな王国、ディサリオン王国の建国を宣言した』という情報だ。
……予想は出来ていた。だがそんな選択を本当にするとは思ってなかった。
ここまで来ると……ファスコ国王が英雄と呼ばれてきた事に懐疑的にならざるを得ない。
ファスコは確かに戦争を終わらせた。
教会が望む形で。同時にそれは王国を滅ぼす計画の始まりとなってしまった。
それをもし、国民が知ったら彼をどう思うのだろうか。
ふたたび彼を英雄と呼ぶだろうか。
確かに彼には英雄の血が流れている。そして英雄の剣に認められた。
彼には英雄と呼ばれる資質は確かに有ったのだろう。だがそれだけで英雄と呼んでもいいのだろうか。
私はこう思う。
彼に……『英雄の資格』はあったのだろうか……と。