そしてここからが本題。
最初童はファスコに魔王に乗り換え、共に人間側……つまり教会と交渉するように頼んだ。
英雄の血を引き継いだファスコであれば戦力差は大きくひっくり返る。教会も停戦に応じるだろうとな。
それこそ戦争を終わらせる唯一の方法だと思ったのだ。
そして戦争が終わるなら。自分がどうなっても良いとさえ思った。ファスコの望むなら、妻になっても良いとさえ、自分を好きにしても良いとさえ思ったのだ。
返答は予想していたよりも早かった。
ファスコはこう言った。
『もし戦力差が変わったとしても教会は戦争を止める気は無いと思う。もし止めるなら王国の騎士が少なくなっている時点で停戦するはずだ。ここで止めると魔族を滅ぼすという教会の目的が果たせない……作戦の失敗で教会の影響力が下がってしまうからだ。絶対にあちらから停戦はしないだろう。なら……一度向こうの望む終戦で終わらせればいんじゃないか?』
ファスコの提案はこうだった。
まず、魔王城を中心として魔王の領地を結界で封印する。
そして誰でも良いから魔族の首を魔王の代わりとしてファスコが魔王討伐の証として王国に持っていく。魔王が死ぬことで結界が発動したという嘘をセットにな。
そもそも童が教会に言ったときは手紙を送っただけだったのでな。顔までは割れてなかった。だから適当な首でも問題ないと判断したんだ。
そうすれば一時的にも戦争は終結するし、魔族を守れるだろうとね。
そして次が問題だ。
魔王討伐を成し遂げることで必ず王国……教会から褒美が出るだろう。そして貴族、もしくはそれに準ずる地位がもらえ、王国内に潜入できる。
そして童を妻として迎え、裏から教会を潰し、同時に結界を解除する。
こうすれば、顔を縦に振らないであろう教会と交渉することなく、戦争を終わらせることが出来ると。
驚いた。よもやそんな手段があったとはな。
ただ一時的に魔族には結界内で過ごしてもらう必要が生じてしまうが、魔族は人間と違い寿命が長い、それぐらいは我慢できるだろうと想定しての作戦だった。
童は乗ったよ。当時としては最高の作戦とさえ思ったのでな。
「……でも、今に至るまで教会は潰れていないし、ファスコは国王になっている……つまり計画が狂った?」
「そうだ」
とりあえず、魔王の首の変わりは玉座でずっと眠っていた龍に担ってもらった。
元々童の護衛の為の龍だったが、童を攻撃する者も居なくてな。それに奴も年だ。そろそろ眠りについても良いだろうと思った。
だから童が直々に首を取ったのだ。
そしてその首を魔王討伐の証としてファスコは王国に戻った。
……褒美として与えられたのは、先代国王の娘であるノエルとの結婚と、次期国王の座だった。
これには童とファスコも驚いたよ。
同時に計画も狂った。
地位を貰って王宮内に潜伏すれば秘密裏に行動できる。
発言力が強かった教会の長老たちを最悪貴族の暴走という形で秘密裏に暗殺することが出来るはずだった。
しかし、国王となれば話は別だ。
国王は国の施策の決定権を持つことになる。それに当時、教会は国王よりも周辺国に対して影響力が大きかったんだ。
国王が教会を裏切った……ともなれば、周辺国すべてが敵に回ることになる。
いくら防衛戦だったとしてもこちらも戦力は大幅に削られているんだ。戦って勝ち目はない。
だから下手に行動が出来なくなったんだ。
だからファスコと童は次の手段……いや、最後の手段に打って出た。
影響力のある長老たちを排除した後、すべての国民が魔族の事など忘れ、戦争を経験した騎士が居なくなった頃に一気に王国を乗っ取る……長い時間のかかる計画をね。
「それがディオとニースを入れ替えることと何の意味が?」
「ふふふ、長い時間が掛かる作戦だ。ファスコが生きている保証がないだろう?私も長年魔王を務めてきて、もう表舞台に出るのは疲れてね。王にするなら血のつながっていない人間より自分の息子を王にした方がいいだろ?」
「……なるほど。……では、何故ディオ……いやニースにファスコが父親だと話したのですか?それにニースに渡しを頼るように伝えた。これでは自分から計画を失敗に導くようなものです」
「本当に何故……なんだろうね。私も最初はファスコから受け取ったニースを殺そうとしたんだ。今後の計画の邪魔となるからね」
「ではなぜ?」
「……ファスコが村で女の子を助けた事を覚えてるかい?ファスコは言ったであろう?子供はまだ何も知らない、何も出来ない存在だからこそ大人が助けてやらないといけないのだと、血が繋がっていなくとも奴隷のようには扱ってはならないと。もしかするとあの時の言葉が私の心に残っていたのかもしれないね。ニースの寝顔を見てしまったら殺す気など起きなかった……だから育てることにしたんだ」
「……人間を助けようとした。あなたの中に流れる人間の血がそうさせたのでしょうか?」
「ははは!忘れたかい?私は人間と魔族の共生世界を目指しているんだよ?愚かな人間ならともかく、罪のない人間を殺すほど愚かではないさ!……だが、ファスコとの子供を産んで、母親として何か特別な感情が芽生えてしまったのかもしれない。ニースも同じ赤ん坊だったからね」
「ああ、なるほど」
「だがニースを育てていくうちに……自分で善悪を判断できる年になったのだからすべてを打ち明けてもいいのではと思ってしまったんだ。……だがどうも怖くてね、あの子には生みの母は死んだと伝えていたんだ。今更嘘だった、母親は生きているとは伝えられなかったんだよ」
「だからあくまで父親がファスコだけであると伝え、僕から真実を伝えようとした……何故僕だったんです?僕でなくても良かったのでは?」
「……君は昔からよく家に来てくれただろ?母親の為にいつも薬の調合を手伝ってくれていたからね。それに君は王宮付きの編纂者だ、真実を探求し、それを正直に報告する能力に長けている。他人にこの仕事は任せる気はない。君以上に適任者が居なかったんだよ」
「……そう……ですか」
……複雑な気分だ。
今まで私は、病気がちで外からやって来た母と私に住む場所を提供してくれた教会が居たから編纂者として頑張ってきたのだ。
確かに今回の依頼はその仕事ぶりを認められた結果だ。
だが同時に私は教会を裏切る手伝いをしてしまった。
怖い。これをニースに伝えて良いのか。伝えたらどうなるのかが……分からないのが怖い。
「さて、これで私が知ってることは全て話した。どうする?」
「どう……する、とは?」
「言ったであろう?これはディオから君に依頼したことだ。これまでの話を聞いてディオにどう報告するかは君次第だ」
「……正直、迷っています。恐らくですが、これをニースに話せば……恐らくニースは自分こそが国王に相応しいとディオを殺すかもしれないし、正義感で教会を潰し、周辺国とも戦争になるかもしれない。僕がその判断のすべてを握っていると思うと……怖くてしょうがないんです」
「だろうね。だから任せるよ。……さあ、これで話は終わりだ。戻ってディオに報告するために内容を纏めると良い。判断する時間も必要であろう?君が戻って来た事をディオに伝えておくよ」
「……はい。ありがとうございました」
店を出るとき、ヴァシリッサの不敵な笑みを見た気がしたのだが、旅疲れと調査報告をまとめることを優先した私はそのまま家路につくことにした。