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魔王ヴァシリッサの証言 前編

 シャナディアの森からディゲーニアまで戻る中、私は旅発つ前にオリッサが言っていた言葉を思い出していた。


『気を付けなさい。人には知られたくない過去というものがあるんだ。その過去は時に人の人生を変えることもある、同時に人を救う事にもね。薬草や魔法みたいなものさ。だから気を付けるんだよ』


 最初は他人の過去を掘り返す行為に対する忠告だと思っていた。


 だけど違ったんだ。すべてを知っていたからこそ、事実を知った後、それをどう扱うか……責任はすべて私にあるんだよ……と警告したんだ。


 だが分からないことがある。ディオ……いや、ニースはヴァシリッサの子ではない。


なぜわざわざ私に依頼させるように仕向けたのだろうか。そんなことをしてしまえば全ての計画が狂ってしまう。


 代わりに育てたことで情でも湧いたのだろうか。


 ……分からない。だからこそ、聞きに行くのだ。



「オリッサ!」


 私は王国に戻ると、すぐさまオリッサの店に来た。


 オリッサは店番をしており、私の顔を見ても驚きはしなった。


「おや?ミラ君、ディオの依頼は終わったのかい?ディオはまだ戻ってないよ、報告なら待って……」

「いえ、まだ依頼は終わっていません。この調査に必要な最後の調査対象……オリッサ……いや、魔王ヴァシリッサの話を聞くまではね」

「…………ふふふ、そうか。アウリスからすべてを聞いたのだな」

「……」


 オリッサの口調が変わった。同時に雰囲気も変わった。私の知ってる優しいオリッサ婆さんから、魔王軍を率いていた魔王ヴァシリッサに。


「……ふふ、そう警戒するな。少し待て」

「……」


 ヴァシリッサは移動すると店の看板を『OPEN』から『CLOSE』に帰ると、店の奥の地下に続く階段に向かった。


「……?」

「ここでは話が出来ないだろう?下に行こうではないか」

「……」

「安心しろ。殺したりはせぬ」

「分かりました」


 私はそのままヴァシリッサについて行くように地下に向かった。



 オリッサの店の地下は以前に来たことがある。と言っても地下は薬草や魔法薬の調合をするための工房になっているだけだ。


私もおり……いや、ヴァシリッサから母の薬の調合を手伝ったことがあるのだ。


「さて、座って話をしよう」

「はい……え!?」


 久しぶりに工房に来て、少し懐かしさを感じた私は驚いた。いつの間にかヴァシリッサはオリッサの姿から別人に変わっていた。


 漆黒のドレスを纏い、妖艶な美しさを放つ女性に。


 魔族の寿命が人間より長いというのはアウリスから聞いてはいたが、まさか当時の美しさをまだ保っていたとは。


「それで?何が聞きたい?」

「……聞きたいのは二つです。アウリスさんの話では本来ファスコとあなたは戦争終結後、王宮内に潜入し教会を潰す計画を立てたはず。なのに現在まで教会は潰されていない。それは何故なのか。そして私の考えが正しければディオは……本来ファスコと先代国王の娘ノエルとの子、ニースですよね?ならなぜあなたはニースにファスコの事を調べさせようとしたのか……についてです」

「なるほど。良いだろう、話そうか。童と……ファスコに何があったのか」


 そう言うとヴァシリッサはお茶を飲みながら……話を始めた。



 魔王ヴァシリッサの場合。


 肝心な話をする前にわらわの事を少し話そう。


 アウリスからも少し聞いておるだろうが。元々この国と魔王の軍勢は仲が良く、よく交流もしていたのを知っておるな?


 そして人間以外の種族が存在することがどうしても許せなかった教会が英雄を暗殺、それを魔王の仕業とし、戦争を仕掛けたことも。


 ここで、疑問に思うのではないか?何故先代英雄はみすみす暗殺をされたのかと。


 実はこの時、先代英雄は大病を患っておった。そして妻と娘も居たそうでの、命を狙われたことは知っておったが、逃げることが出来なかったのだよ。


 じゃあ妻と娘だけは魔王側に逃がせばいいではないかと考えるだろう。


無理だった。


魔王領で先代英雄が迎えられたのも、彼自身が強かっただけじゃ。まあ、彼が使っていた剣も盾も杖も元は父が作った物だったのだが。


それが無くても先代英雄は強かった。


それに魔王軍内部でも人間を敵視する者も少ないながらも居たのでな。先代英雄が居なくなり、戦争状態になればいくら魔王でも二人を守るのは不可能だ。


 結局、成す術が無くなった先代英雄は父にこう伝えた。


『私は死ぬ。王国との戦争は避けられないだろう。だが妻と娘だけは逃がして見せる。お前がくれた剣と盾、杖は一旦隠すことにした。いつか、私の血を継いだ者か、私の意思を継いだ者が現れ、共に教会を潰し、再び人間と魔族が共生する世界を復活させるまで……耐えてくれ』


 魔王軍の力は人間を遥かに凌ぐ。数では人間の方が勝る。だからこそ教会は魔王に与することが無いように英雄を殺したのだ。


 その英雄が居なくなった今、魔王軍と王国軍の戦力は拮抗する状態だ。


だが父に戦争の経験などは無い。戦争を、人間を滅ぼすことも望んではいなかった。だから先代英雄のある意味賭けとも言える提案を飲み、あのおよそ百年間を耐えて来たんだよ。


 その戦争の最中、童は生まれた。因みにだが、わらわの母は人間での。魔族と人間のハーフなのよ。


別に深い意味は無い、単純に一目惚れというやつだったらしい。人間との戦争中に人間に恋をし、娘を生んだ。何とも間抜けな話だ。


 まあ母は童を生む際の負荷に耐え切れず死んでしまったらしいがな。


 そして父は次なる英雄の誕生を待ておったが、その前に魔族の反乱がおきた。


いつまでたっても前線に出ない魔王に嫌気がさしたのだろうな。側近たちが対処したがその際の攻撃で致命傷を負った父はあっけなく死んでしまったよ。


だが最後に父は童にこう言った。


『私の望みは魔族と人間がともに笑い、助け合う世界に再びすること。そのためには戦いなど不毛でしかない。私は戦争を嫌う。だからヴァシリッサ、お前には戦いの技術を教えなかった。戦争をする方法を教えなかった。本当に必要なのは、話し合うこと、分かりあうことだからだ。どんな手段でも構わない、どちらも滅びない方法で、戦争を……終わらせてくれ』


 その言葉を聞いた童は最初に教会に対してこう言った。


『魔王は死んだ。だが次なる魔王は人間と魔王との間に生まれたものである。童を殺すことは人間を殺すと同義である。それでもおぬしらは戦争を望むか?』と。


 まあ結果は……『人間を裏切った者を我らは人間とは認めない。人間でない者と魔王の子など人間にあらず!』と言って、教会は戦争を辞めることは無かったがの。


 そして戦争が始まって百年。我々は防戦のみに集中した。その結果、戦死者のほとんどは王国側だった。


焦った教会は方針を変え王国の騎士は防衛に、代わりに冒険者を募り魔王城に派遣するようになったのだ。


 そんな中、ある報せが届いた。先代英雄の剣を持った若者が現れたという知らせだよ。それこそがファスコだった。


 聞いたところによると、ファスコが英雄の剣を手にしたのは魔王軍から追放された魔族が偶々ファスコの母、つまり先代英雄の娘を殺したことがきっかけというではないか。


 童がこの知らせを聞いた時は心が震えたものだ。その追放された魔族に勲章を贈りたいほどにな。


 因みにどうやって、先代英雄が妻と娘を逃がしたのか気になるであろう?


どうやら彼は妻と娘の偶像を作り、教会が殺す……公式に死んだことにしたのよ。さすがだ、彼も英雄と呼ばれるだけはある。


 だがまだ足りぬ。英雄に必要なのは、他に盾と杖だ。


 そのために、軍勢を盾のあるトラヴィスの住む村まで転移させ襲撃させたのだ。必要な犠牲というやつよ。


 杖に関してはどうするかと悩んで居ったが、フィオラ自身が結界を破壊するとは思っても居なかった。そのおかげでフィオラはファスコと共にここに来ることになったから良しとしたよ。


 あと、あの罠についてであるが。アウリスから聞いておるであろう?いくら英雄の剣を持つものと言えど、戦争終結に必要なのは魔族と人間どちらにも平等に接することが出来る者だ。


 教会のように人間が悪くても人間の味方をするような奴では意味が無い。


それを試すためにあの罠を用意したのよ。童が行く必要?……普段は魔王城に居るだけでの、単純に趣味であっただけよ。


 そしてその試練を乗り越えたファスコ達はここまで来たのだ。


 因みにだが、ファスコ達以外にもあの罠を突破し、魔王城まで来たものは数少ないがおった。


だが英雄以外は必要無かった、玉座の間の前の魔法で動きを封じ、同行していたエルフ以外は全員殺した。さすがに魔王城の情報を持ってかれるのは困るのでな。


 そして、ついに童とファスコは対面したのよ。


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