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エルフ族 アウリスの証言 後編

「……」

「どうした?」

「え?……いや」


 この内容は……ファスコはおろか、トラヴィスとフィオラも知っている内容だ。その二人が後に言わなかった……つまり当時は問題無いと思ったけど後に罪悪感を感じ、英雄像とかけ離れると思い、話さなかったのだろう。


 ある意味賢明な判断かもしれない。


 だがこれは……二人も知ってる話だ。……まだ魔王城じゃない。


「続けてよいかな?」

「……ああ」



 村を出発した私たちは、その後魔族と接触することも無く無事に魔王城にたどり着いたんだけどね……様子が変だったんだ。


 ……魔王の軍勢が誰一人居なかったんだよ、最低限の護衛すらいない状況だ。


 もしかしたらファスコの言うとおり、ルーネンハイムの襲撃で大多数の兵を割いていたのかもしれない、だとしても最低限の兵は残すだろ?それすらいない状況だったんだ。


 この状況にトラヴィスやフィオラは安堵していたよ。戦闘の必要が無いとね。


 逆にファスコはこれまで以上に警戒していたかな。まあ当然だよね、罠かもしれないし、奥に行ったら囲まれるかもしれないしね。


 でも敵が居なければ進むのは普通だ。ファスコ達は慎重に進みながらも魔王が居るだろう玉座まで行ったんだよ。


 どれくらい歩いたのか、ようやく玉座の入り口に着いたんだ。ここでも敵は居ない。だから意を決してファスコ達は進んだんだ。


 そしたら……急にトラヴィスとフィオラが何も言わずにしゃがみ込んでしまったんだよ。


「なっ!」

「きゃっ!」


 見るに怪我をしたわけでもない、具合が悪くなったわけでもない……そう、理由は簡単だった。魔法だよ、玉座に通じる扉の前に何らかの魔法が掛けられていたんだろうね。


 ただ、疑問だったのは何故エルフの私とファスコには問題が無かったのかだよ。ファスコは二人と同じ人間のはずだ、だったら魔法で動けなくなるのが普通のはず、でもファスコは動けた……この時はまだ理由が分からなかったんだ。


「二人とも!」


 ファスコは二人を助けようとしたんだ。でも無理だった。物理的な罠ならどうにかできただろうけど、魔法による罠だ、この魔法を掛けたものを殺すか、解除させるか、時間を掛けて魔法使いか、エルフが解かなければならない。


 でもそんな時間はなかった。この無人の魔王城もいつ敵が戻って来るのか分からなかったからね。だから二人はこう言ったんだよ。


「ファスコ!盾を君に渡す!だから君が魔王と戦ってくれ!」

「私も杖を渡すわ!今の目的は魔王を倒すこと!あたしたちを気にせずに先に行って!」


 ……少し笑ってしまったよ。別に人間の気持ちが分かるわけじゃないけど、トラヴィスともかく、フィオラに関しては自分は戦わなくて済む……って感情が見えていたからね。まあもし魔族が戻ってきたら殺されるだろうってのはこの時は分かってなかったようだけど。


「……分かった」


 そしてファスコは二人の提案通り、盾と杖を受け取ったんだ。


 だけど私はどのとき、ある異変に気付いたんだよ。……そう、付いて来ていたあの少女が居ないってね。


「ファスコ……女の子は……何処に行ったんだい?」

「え?……サリナ!サリナ!」


 どうやら仲間の事に夢中で女の子の事を忘れていたようだった。居なくなったことに気づいた瞬間、大声で女の子を呼んでいたよ。


 だが手がかりはすぐに見つかったんだ。


「あれは!」


 女の子が来ていた服の切れ端が、玉座の前の扉のすぐ下に落ちていたんだからね。しかも先ほどまで閉まっていたはずの扉も開いているじゃないか。……誰が見ても明らかだよね、一人で玉座まで行ったんだってね。


「サリナ!」


 ファスコは一人玉座に行ってしまった。


 私はどうしたかって?普段だったら道案内は終了だ。帰るのが普通なんだろうけど、他のエルフですら魔王を見た事が無いと来たんもんだ。


 いくらめんどくさがり屋の私でもエルフ族初の魔王目撃者の称号は欲しかったんだ。ついて行ってしまったよ。


 そして玉座の間に入った私とファスコはその光景に驚いてしまったんだ。……だって誰も居なかったんだからね。


 まあ玉座の間と言っても普段から居るわけじゃない……と言うのは野暮かもしれないが、それでもいて欲しかったのは正直なところだ。一応玉座の奥に巨大な龍が眠ってはいたが、あれが魔王なのかはこの時は定かでは無かったんだ。


 だけどもっと驚くべきことが起きたんだ。


「ようやく……現れたんじゃな」

「……っ!」

「……!」


 突然背後から先ほどの少女の声が聞こえたんだよ。


 私たちはすぐに振り向いた。確かにそこに居たのはあの村で助けた少女のはずだった。


 でも何処か雰囲気が違ったんだよ。先ほどまでのただの人間の少女から……何かを知っている……もはや人間なのかと疑うレベルにね。


「……サリナちゃん、何を言って……」

「ふふふ」


 女の子は笑いながら玉座に向かって行ったんだ。でもその時不思議なことが起きた。


 少女の周りを突然黒い……霧と言って良いものが包み始めたんだ。そして完全に霧に包まれると、次第に大きくなって言ったんだよ。そうだな……大人の人位の大きさかな?


 そして……霧が亡くなった瞬間、私は目を疑ったよ。そこに居たのは先程の少女じゃなかった。黒いドレスを着た見目麗しい女性だったんだから。


「……」


 さすがのファスコも絶句していたようでね。女性を食い入るように見ていたんだ。


 そして女性は玉座に座ると自己紹介をしたんだ。


「我こそ、この魔王城の主であり、魔王……ヴァシリッサである」

「……え」

「……」


 驚いたかって?そりゃ驚いたさ。偏見だけど、魔王って男のイメージだからね、彼女は十人中十人が美女って言うほどだろう。とても魔王には……うん、最初は見えなかった。


 でもずっと見ていると、その存在感やオーラが彼女を魔王たらしめていたんだよ。


「……ファスコ」

「な、なんだ?」

「……魔王が現れたんだ。戦わないのかい?」

「……」


 うん、残念ながら誰が見てもファスコに戦闘の意思が無くなっていることは明白だった。


 恐らく惚れてしまったんだろうね。彼の過去に何があったのかは知らない、どんな覚悟でここに来たかも私は知らなかったけど、その覚悟が揺らぐほどファスコは彼女に惚れてしまったんだよ。


「ほう我と剣を交えるか……良いぞ?ただ少し話を聞いてみる気はないか?」

「話?いやそもそも何故あの少女になっていたんだ?何故あのような罠を?」

「ふふ、その理由を含め、今から話すことを聞いてはくれまいか?なに、損するような話ではないさ」


 そう言うと魔王ヴァシリッサは話を始めた。


 ……え?内容?そんなこと覚えてるわけないだろ?めんどくさい。


 あー……確か……ファスコは元々先代英雄の血を引いているとか、それで偶々村にあった英雄の剣が目覚めたとか。


 そして先代の英雄は元々戦争が始まる前、魔王とかなり仲が良かったから当時の人間と魔族はかなり交流があったらしいんだ。でもそれを良くは思っていない勢力があったんだと、王国の教会って奴だ。


 あいつらにとって自分たちと全く違う種族が居ること自体が?許されないことだとしてどうにかして魔族を撃ち滅ぼしたかったらしい。


 だがいきなり何の理由もなく攻め入っては諸外国に説明が出来ない。だから奴らは考えた魔王と仲が良かった先代英雄を秘密裏に殺し、それを魔王の責任として責める口実にしたんだと。


 まあ成功したかは知らないが実際に戦争は起きたんだ、先代英雄は殺されたのだろうね。


 だが先代魔王も戦争は望んでなかったが、人間側と交渉できる雰囲気ではない。だから時期を待つことにした。


先代英雄には妻と子供が居たらしいんだがまず二人を隠したんだ。


同時に持っていた三つの武器、剣と盾、杖を各地に隠し、いつか子供が大きくなり武器を手にした英雄の血を継ぐ者が現れた物が魔王城に来たとき、戦うのではなく、ともに教会側の交渉役として戦争を終わらせるために待つことにしたんだ。


ではなんであの罠を作ったのか……魔王が望んでいるのは魔族と人間の共生社会だ。昔のように例え人間との諍いが起きてももし人間側が悪いのでれば中となく人間側を罰することが出来る人間が必要だった。


そのためにあの罠を仕掛けたんだと。


そして魔王が求めていたのは英雄の血を継ぐ者。それ以外の者は要らなかった。だから玉座の扉の前にあのような罠を作ったらしいんだ。


人間側との交渉役になり戦争を終わらせる……それが魔王の目的であり、これから魔王が提案することに繋がるんだよ。


魔王は提案した。ファスコに魔王側に寝返り、人間側の戦争終結のための交渉役になった欲しいとのことだった。


それを受けてくれれば自分はなんでもする。ファスコの妻となってもいいとまで彼女は言っていたんだ。


 ……それを聞いてファスコはどうしたかって?


 ……秒で了承したよ。そりゃそうだ、彼女を見た瞬間に戦う意思を失くし、惚れてしまったんだ。そんな彼女を妻に出来るんだったら何でもやるだろ?


 だがファスコは条件をプラスしたんだよ。ファスコ曰く、この戦争、双方決め手が欠ける中、百年も続いているんだ。自分が魔王側に寝返っても教会の奴らは交渉のテーブルにつくことは無いだろう。何せ、魔族を滅ぼすまで戦争を終わらせる選択肢がないのだ、当然であると。


 だから教会を内側から崩壊させればいい。魔王の代わりとなる首を持っていき、それを持って魔王討伐……戦争を終わらせる。そして必ず王国から褒美が出るはずだ。そして王宮内の要職に就き、ヴァシリッサを妻として迎え入れる。


 そして王宮内から教会を崩壊させれば、すべて解決すると。


 それを聞いたヴァシリッサは驚いたよ。だが同時にファスコの提案も一理あると考えたんだろうね。玉座の後ろに居た龍の元へ向かうと、何やら一言二言伝えて、自ら取り出した剣で首を切ったんだ。


 それを魔王討伐の証にするためにね。


 その後、ヴァシリッサは一時的に少女の姿に戻ると、ファスコは龍の首を持ってトラヴィスとフィオラの元に向かいヴァシリッサによって助けられた二人と共に王国に戻っていたんだ。


 ……これが私の知る、魔王城での全てだよ。



「……」

「どうだい?衝撃的だったかい?これがファスコが死んでも隠したかっただろう魔王討伐の真実だよ」


 衝撃的?それどころではない。もっとまずい真実を私は知ってしまった。


 先の戦争を起こした原因が……私が所属している……教会だったなんて。


 恐らく、当時の戦争を知っている、いや煽動した長老たちは死んでいるだろうが、それでも今の長老は知っているはずだ。あいつらはそのことを隠してあの戦争は魔王が先代英雄を殺したから起きたと今も吹聴していたんだ。


 自分の中に怒りが湧いているのが分かる。民の為に、平和のために祈るはずの教会が魔族を滅ぼすために戦争を起こしたなんて。


 だが、それ以上にファスコ国王が死んでもこの事を秘密にしていた理由も理解できる。魔王の死を偽装し、魔王と協力し教会を潰すために国王になったのだから。


 だけど同時に疑問も浮かんでくる。現に私は教会の人間であり教会は今も存続している。これはどういうことだ?


 計画が失敗したのか?なら何故失敗した?その理由を知っているのは……駄目だ、国王とヴァシリッサだけだ。国王が死んだ今、聞けるのは魔王のヴァシリッサのみ。そのヴァシリッサは…・・・どこにいるか皆目見当もつかないし、下手すれば死んでいる可能性もある。


「ミラフェス」

「ん?なんです?」

「よくよく考えて欲しい。ファスコが国王に就任した時点で当初の計画が狂ったと見るのが普通だ。なら次の手は?」

「……次の手……ファスコは先代国王の娘ノエルと結婚した。……そして国王に就任しても教会は潰されなかった。……なら、狙うは……次期国王になるファスコの王妃の座?」

「ふふふ、恐らくは違うとも言えるし、そうだともいえるね」

「どう言う意味ですか?」

「実はね、戦争終結後、たった一度だけヴァシリッサが会いに来たんだ。可愛い赤ん坊を抱えてね。名前はディオ、彼女は正真正銘ファスコとの子供だと言っていたよ。彼女はディオを私に見せてこう言ったんだよ。『この先私は表舞台には立たない。代わりにこのディオが魔族と人間を繋ぐ象徴となるだろう。だがその時が来るまでしばしの分かれになってしまう。だからあの時の事を唯一知っている君にだけはディオを見せないとと思って来たんだ』とね」

「……」


 自分は表舞台には立たない。つまり……王妃となって教会を潰すことはしない?じゃあ、一体何をしたんだ?


 ……待て、しばしの別れと言ったか?確か……ディオはこう言った。『自分の生みの母はもう亡くなっている』と。


 ……もしかして、ヴァシリッサは自分の子供を次期国王にするために……自分の子供とノエルの子供を入れ替えた?じゃあ、あの時私に依頼をしてきたのは本来国王になる予定だった……ニースだというのか?じゃあニースは一体誰に自分がファスコの子供であると聞いたというのだ。


 ……あ。


 ディオとニースは入れ替えられていた。つまり……入れ替わった先で育てられたと考えるのが普通……ま、まさか……オリッサ?


 確か……オリッサの本名は……リサ・ヴァティスだったはず。


 ……リサ・ヴァティス……入れ替えれば、ヴァシリッサ。


 ははは!なんだ……ずっと近くに居たんじゃないか!すべてを知るものが!


「……ふふふ」

「どうかしたかい?」


 ここまで来たらすべてをあきらかにするまでやめる気はないぞ!国がどうなろうが知った事か!


「アウリスさん。すみません、至急王国に変える必要が出来たのでこれで失礼いたします」

「そうか……構わんさ。私の久しぶりに思い出話が出来て良かった」

「ではこれにて」


 私はすぐに荷物をまとめると、ディゲーニア王国への帰路についた。


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