さて……どこから話したものか……いや、お前たちの話を聞くにルーネンハイムまでしか知らないのであれば……そうだな、最初から、ファスコがこの森に来た所から話すとしようか。
160年前の戦争から我々エルフは人間嫌いにも関わらず人間が魔王城に行く際、求められれば案内役を務めるという盟約があった。
長老が交わした盟約だが、こんな馬鹿げた盟約を誰と交わしたのか……それは今でも分かってはいない。興味もない。
だが盟約を結んだ以上、我々としても人間に協力しなければならない。今まで多くの冒険者が我々エルフの道案内で魔王城まで行ったが、エルフを除いて誰一人魔王を討伐した者は居なかった。
そしてまた懲りない冒険者たちは何時ものようにこの森にやって来る。ファスコたちもそのうちの一組だったよ。
いつものように森の警備をしていた私だったが、そこに三人の人間が現れる。
私は掟に従い、弓を構え、射った。エルフ族でない限り、そして魔王城に行く冒険者だと確認できない限り、まずは警告の射撃をするのが掟だ。
矢がファスコの足元に刺さると、三人は戦闘態勢になるが私の存在に気づくと。ファスコが剣を抜き、それを魔王城に向けた。
『私たちは森に入らない、魔王城に行きたいのだ』
エルフに案内役を頼む合図だった。
「おい、アウリス。お前初めてだろ?行って来いよ」
「……」
100年前戦争が始まってから、エルフは誰が行っても魔王城にたどり着けるように教育を受けていた。そして魔王城に行くと少しだけ褒美がもらえるのだが、行ったことが無い奴は優先してくれるのだ。
だが私は基本面倒ごとが嫌いでね、いくら褒美がもらえるとしてもそんな事したくはなかったんだ。
だがその時、他に行ける奴は居なかった。だから私は行くしかなかったんだ。
木から降り、ファスコの元へ向かうと、ファスコは笑顔で握手を求めた。
「よろしくな!」
「……」
エルフは人間嫌いだということを知らなかったのか、こいつは私に握手を求めたが、私は断った。あくまで魔王城に行くまでの案内だけだ、なれ合う必要は無い。
「……さっさと付いて来い」
私はそのまま魔王城に向かうと、三人とも顔を見合わせるとやれやれと言いたそうな表情で付いて来た。まったくこいつらはお人よしか?とまで思ったよ。
そして、数時間後我々はとある村に行きついた。時間的にも距離的にも最初で最後の宿泊地になるはずだった村だ。
だが私はすぐに異変に気付いた。
この村は人間の領地と魔王の領地との境界付近にある村だった。だが知っての通り、すでに魔王軍はルーネンハイムまで来ている。つまりこの村も占領されているのが普通なのだ。
しかし、何故かこの村の住人は全員人間であり、魔族の気配は一つも無かった。
従順な人間は生かしている……という可能性もあるが、それでも監視のための魔族が居てもおかしくない。だがそんな魔族の気配すらない。
……何かしらの罠であることは明確だった。
だが私にそんなことを警告する義務は無いし、仮に罠であったとしてもこいつらがここで死ねばそれで私の仕事は終了だ。なら黙っていればいい、そう考え、ファスコ一行と共に村に泊ることを選んだ。
村の住人は案外親切で、ファスコ一行が魔王討伐の為に来た事などどうでも良い感じだった。村人たちはファスコ一行に泊る場所を与えるとすぐに自分の仕事に戻って行った。
そして、ファスコ一行が魔王城に向かう最後の休息を取っている時だった。
トラヴィスが何かに気づいたのだ。
どうやら窓の外に居る一人の少女に目が付いたのだろう。どうやらその少女は一人で村の仕事をしているように見えたが、何処を見渡していても両親が居るように見えなかった。
そして他の村人は少女が一人で重労働をする様子を助けるわけもなく、見守るわけでもなく、ただ当たり前のように見ていた。
「…………」
奴隷のように仕事をする少女に我慢が出来なくなったのだろうね、トラヴィスが少女を助けようと部屋を出ようとしたんだよ。
「待て、トラヴィス」
それをファスコが止めた。意外だったよ、無言でついて行って、協力するのかと思ったからね。
「ファスコ」
「……助けたい……お前の考えは理解するし、俺も出来れば助けたい」
「なら!」
「現状を考えろ、もし助けたとして……その先は?どこに連れていくつもりだ?」
「……」
「ルーネンハイムか?魔王軍の襲撃で壊滅状態だ。復興の為に人手が欲しいのに一人とは言え少女を匿う余力があると思うか?」
「……それは!」
ファスコが来る前、ルーネンハイムで何かあったらしいとは聞いていたが、まさか襲撃されていたことを初めて知ったよ。
「それに俺たちは人数が少ない、ひどい話だけどルーネンハイム襲撃で軍勢が魔王城を離れている今こそ、俺たちが魔王城を襲撃できる最後のチャンスなんじゃないか?」
「……でも、俺は助けたい!ルーネンハイムまで連れていけなくても魔王城まで守ることは出来る!」
「おいおい、俺は別に助けるなって言ってるわけじゃない。意思の確認をしたいんだ。助けて戻るか、それとも助けて守りつつ進むのか。最初で最後のチャンスなんだ、俺は進みたいし、フィオラもそうだ」
「……」
フィオラと呼ばれる魔法使いは何か言いたそうだったが、黙って頷いた。
「僕は……助けるよ、戦えないから守る必要があろうとも僕は助けて進む!」
「そうか……分かった!」
そうしてトラヴィスの意思を確認したファスコはトラヴィスよりも先に少女の元へ向かったんだ。
「やあ嬢ちゃん、こんな所で何してるの?」
「……」
恐らくこんな会話をしているんだろうね。私は興味も無いし、協力する必要が無かったから部屋の窓から見ているだけだったけど。
だが、ファスコと少女が何らかの話をしていると今まで少女に見向きもしなかった村人たちが集まってきたんだ。そしてファスコたちと会話を始めたんだよ。
最初こそ話し合っている様子だった。でもだんだん村人たちは険悪な表情になっていってね。恐らくこの子は自分たちの所有物だ、どう使おうと勝手だろ?的な事を言ったんじゃないかな?
そしてだ、村人とファスコ一行の言い合いを見ていた時、突然村人との一人が切りかかったんだよ。まあ相手は後に英雄と呼ばれるファスコだ、簡単に避けられたんだけどね。
だけどその瞬間から村人全員の目つきが変わったんだ。
あれは……そうだね、例えるなら魔族を恨んだ人間が魔族を見つけたときの目つき……って言えばいいかな?
同時に村人は持っていた武器を構え始めた。ファスコ達も最悪の事態……つまり村人と戦うことを想定して武器を持っていたけど、意を決して武器を構えたんだ。
そこからは……まあ酷いもんだったよ。一方は戦闘慣れしてない村人、もう一方はルーネンハイムで魔族を退けた冒険者一行だ。結果は火を見るよりも明らか……ただの殺戮……虐殺だったね。
ただ私は驚かなかったんだ。
何故って?こうなることが予想できていたからさ。
先ほども言った通り、すでに魔王軍の領地になってるはずの土地の村だ。もうの罠であることは明白、そして兄さんたちやエルフ族の話からもこう言う罠は確認されてきた。
だから今回も罠だろうと私は思ったんだ。
じゃあ何故警告しなかったのか……前は警告したらしいんだけどね。魔王軍も考えたもんだ、罠の種類が違う、そもそも罠が無い……警告して警戒しながら進んでも結局罠は無かった……そして人間たちから文句が出る。
そういう経験から我々はあくまで道案内である。罠の事は最初から知らない物として振舞えという命令だったんだ。
そして十分かな?まあ計っていたわけでは無いからもっと短かったかもしれないが、そこら中村人の死体だけになっていたよ。
そして戦闘が終わった彼らに話を聞いたんだ。
「ファスコ」
「アウリス、なんだい?」
「ここまでする必要はあったのかい?少女を助けて逃げる……それなら殺す必要が無かっただろう?」
「……かもな。だけど、あの状況じゃこの子を守りながら荷物を持ってこの村を出るのは無理だった。それにこいつらは子供を奴隷にしていた。これは俺の考えだけど、何も知らない、何も出来ない子供は大人から多くの事を学ぶんだ、だから奴隷として働かせるこいつらを俺は許せなかった。仮にこいつらが生き延びても考えは変わらない……ならこいつらはここで死んだ方がましだ」
「……そうか」
この時点で私は他の兄さんたちから聞いた冒険者とは何かが違うと感じたんだ。
今までの冒険者は女の子を助けようとしたけど、同じ人間相手、躊躇して殺されるもの、逃げようとしたけど逃げ切れずに殺された者、そして……ファスコと同じように村人を殺したけど、人を殺したことに罪悪感を感じて戦えなくなった人たちとかね。
まあ、それでもファスコと同じように自分の中に確固たる意志を持ってそのまま魔王城に行った人たちもいたみたいだけど、私はその人たちがどうなったのか知らないね。
そして時間も時間だったから遺体をある程度整理した後、ファスコはその村に一泊して次の日、魔王城に出発したんだ。