「…………やっと着いた」
ルーネンハイムから歩いて数時間、私はついに今回の旅の目的地であるシャナディアの森の入り口に到着した。
シャナディアの森。王国の周辺の森やルーネンハイムに生えている森とはまるでその種類が違うことが確認できるほど、一本一本が太く長い木がどこまでも続く、森である。
ルーネンハイムとはまた違う、腐葉土の匂いが鼻を突く……ここがエルフの住まう森であることの示唆だろう。
森に近づくほど、周辺には霧が現れ、入り口に到着してもここからでは内部が確認できないほど、霧が深く、許された者しか入れない……という言い伝えが本物だと初めて体感することになった。
……さて、大丈夫だろうか。
今回はあくまでディオの依頼により訪れた。
エルフ族の寿命を考えれば、魔王討伐に参加したエルフがまだ生きているであろうことは確実である。だが人間嫌いのエルフだ、ちゃんと話を聞いてくれるだろうか。
……だが迷っている場合はない。何とか交渉しなければ。
私が意を決して森に向かって歩き出そうとした時、何処からともなく矢が飛んできたのだ。それは私の足元に刺さる。
「……っ!」
「そこの人間よ!知ってか知らぬか、ここはシャナディアの森!エルフが住まう森である。これ以上進むなら矢で貴様を殺す!引き返すなら見逃してやる!すぐに引き返えせ!」
どこから射られたのか木々が多すぎ分からない。だが……ここで引き返すことは出来ない!
ディオの名前で通じるかは不明、だがディオ自身が言ったのだ……それを信じるしかない。
「……私は……私は!……ファスコの息子である……ディオの使いで来た者だ!森に入る気はない!話を聞きたいのだ!」
「……」
……どうだ?
数分後、一人の男性エルフが木から降りてくると、弓を構えながら私の元へ歩いてくる。
「……?」
「お前……もう一度言ってみろ」
「私は……ファスコの息子であるディオの使いで来ました」
「……そうか分かった。付いて来い」
そう言うと男性エルフは弓を背中に背負うと森へ入って行くのではなく、別の場所に向かい始めた。
「あの……私が言うのもあれですが……信じてくれるのですか?」
「……逆に聞こうか。今王国や周辺でファスコの息子の名前を聞いて出てくるのはなんだ?」
「……次期国王ニース様だけですね」
「であるならば、お前がディオの名前を知っていること、そしてその者がファスコの息子であることを知っている時点でお前は人間たちが知らないことを知っているということだ。それだけで十分だ」
「は、はぁ……」
つまり……このエルフは、ディオがファスコの息子であることを知っているということになる。
……それは、ディオの出生の秘密、そしてファスコ国王がどうやって魔王を討伐したのかも知っているかもしれないということである。
……ついに、ついに私は60年間誰も知ることが無かった魔王討伐に関する真実を知れる機会を得たのだ。
心臓が高鳴るのが分かる。手のひらがじっとり汗ばむのが分かる。国王に魔王討伐の取材が出来ると思って準備していた時以来の興奮が私を支配している。
……教会の仕事ではないとはいえ……ここまで来てよかった。ディオさんには感謝だ。
「さて……ここで良いか」
そう言うとエルフは、森から少し離れた……焚火がある簡易キャンプがある場所に案内してくれた。
「適当に座ってくれ」
「はい」
「すまないな、シャナディアの森は我らの聖域、人間を招き入れるのは我らの掟に背くことになる。ここで我慢できるか?」
「大丈夫です。話が聞けるならどこでも」
「そうか……とりあえず自己紹介しようか。私はアウリスだ」
「あ、アウリスさん!?」
驚いた。
確かファスコ国王が魔王討伐に行った際、その道案内をしたのがアウリスというエルフだったはず……つまりあの討伐を実際に見たエルフであるということだ。……これは期待できる!
「私はミラフェスと申します」
「ミラフェス……ではミラフェスよ、私に何を聞きたい」
「……聞きたいのは、大きく分けて二つ。まずはファスコ国王がどうやってどうやって魔王を討伐したのか。そして……本当にディオはファスコ国王の息子なのか……と言うことです」
「どういうことだ?お前はディオがファスコの息子の使いであると言ったではないか。何故私にそんなことを聞く?」
「あくまで私はディオさんに自分がファスコ国王の子であると打ち明けられただけです。出生に関しての詳しいことは聞いてませんし、本人も知りません。だから詳しい事を知っているであろうエルフなら何か知っているのではないか……と」
「ディオはこの森で生まれたわけでは無い。そんなことを知るわけないだろ?」
「え?……あ、そうですよね」
確かにそりゃそうだ、ファスコ国王は人間、相手の女性が誰であろうがエルフたちがその出産を森で許すはずがないか。
じゃあ、何でディオは私をここに行くように言ったんだ?
「一つ聞きたい」
「何ですか?」
「人間たちは魔王討伐についてどこまで知っているんだ?どのように伝わっている?」
「え?……どういう意味ですか?」
「あの魔王討伐、確かに魔王城まで行くことが出来たのはファスコ含めた三人、だが……実際に魔王と対峙したのは……私とファスコだけだ」
「え!?」
どういうことだ?ファスコの一行は三人で魔王討伐したのではない?アウリスさんとファスコ国王だけが魔王と戦うことが出来た?でも他の二人ともちゃんと生き残っているはず……何があったんだ?
……というか、もしその話が本当なら今までに編纂された記録に肝心の魔王討伐に関しての情報がないのもこれで納得がいってしまう。
トラヴィスもフィオラも秘密にしていたのではない……知らなかっただけなのだと。
では、何故ファスコ国王はこの件を誰にも言わなかったのだ?
「そうか……どうやらファスコは何も言わなかったのだな」
「な……何をですか?」
「……聞きたいか?ファスコ国王が死んでも誰にも話さなかったことだぞ?もし知ってしまえば……ファスコの英雄像だけじゃない、ディゲーニア王国そのものの歴史まで覆ることになるかもしれん……それでもいいか?本来の事実がどうであれだ、英雄譚は美しく語られる方が良いのでろう?」
アウリスさんは少しだけ笑い、私に尋ねた。
試しているのだ。アウリスさん含めたエルフ族にとって人間なんてどうでもいい存在だ。この情報を話して人間の国がどうなろうと知った事ではないのだろう。
このエルフはこう言いたいのだ。
『国の存続を揺るがす事実を聞くことになるが、お前はそれを知る覚悟があるんだな?』と
……いや、知りたい。ディオの依頼だからということもある。
だがそれ以前に私は編纂者……歴史を後世に伝えるために記すのが役目だ。美しい英雄譚になどに興味はない、私が知りたいのは本当の真実だ。
それに今は教会の仕事では無いから知ったことを教会の記録に編纂する義務はない。
「……はい、どのような事実だろうが、私は知りたい。魔王討伐で何があったのか、ファスコ国王に何があったのか」
「……ふふ、分かった」
私は神と筆を準備した。
そしてアウリスさんによる、アウリスさんしか知らない魔王討伐に関する証言が始まった。