「嫌だわ、南さまってば。都会の大学に行くのは私のたっての希望なの。これからは何でもグローバルの時代だもの。いつまでも狭い場所で切り抜かれた空を眺めているだけでは時代に乗り遅れてしまうわ」
嫌味には最大限の嫌味を。これが私達の暗黙のルールだ。そして最後にはフフフと二人で笑い合う。別に仲が悪いわけではない。むしろ私達は大親友と言っても過言ではない。だからこそこんな風に言いたいことが言える。
私の嫌味を聞くなり冴子はいつも通り笑いながら、それまで下ろしていた足を組んだかと思うと、机にだらしなく片肘をついた。
「上手くやったじゃん、絃。落ち着いたら遊びに行くからさ、有名店のお菓子買っておいてよ」
「そん時は連絡してね。ていうか冴子も早く家出なよ。いつまでも井戸の中に居たらそのうち干上がってシワシワになるよ?」
「出たいけど、うちは婆さんがねー……はぁ、くそー! 羨ましすぎるぞ! 絃のくせに!」
「へへ! まぁね。うちもママがとにかく大変でさ。吐くまで泣いて一週間入院したからね」
「マジかよ。大事件じゃん」
「そ。もうほんと大事件。別に大都会東京に行く訳じゃないって言ってんのにさー」
「東京は本物の財閥がうじゃうじゃ居るからむしろ肩身狭いよね、うちら」
冴子の言葉に私は苦笑いして頷いた。お嬢様だなどと言っても所詮は田舎者だ。
「ま、ここらへんのは古いだけの家ばっかだもんね。ただ歴史はあるけどね!」
「歴史だけあってもなー」
この言葉が私達の合言葉だ。生まれた時からお嬢様お嬢様と言われ続けては来たが、あくまでも先祖が凄かっただけである。
「何にしても気をつけてよね。変な男に引っかからないように。それからあんた、ちゃんと家事やりなよ?」
「分かってる! 次会う時は私ぷくぷくになってるかも!」
ジャンクフードの食べ過ぎで! そんな私の言葉に冴子は笑顔で頷いてくれた。 唯一、本当の私を知る親友、南冴子。本当なら彼女も連れて行きたいぐらい寂しいが仕方ない。幼馴染で悪友で大親友の彼女を置いて、私は明日この地を去るのだ。
ちなみに卒業式の間中、うちのママは嗚咽を漏らして何度もお手洗いに走っていたという。
まるで今生の別れのような反応に思わず私の良心も痛むが、ジャンクフードとママの2つを天秤にかけたらどう考えてもジャンクフードに傾くので、ママには悪いが諦めてもらうしかない。
一刻も早く家を出て一人暮らしをしたい私は、卒業式の翌日にはこの地を去ると皆に宣言していた。
その為、家に帰ると親戚一同が全員集まっていてそれはもう賑やかなお別れ会になったのだが、そんな状態を見て両親だけは不服そうだ。
「絃ちゃんとの最後の夜をしめやかにしたかったのに」
泣きすぎて目を真っ赤に腫らしたママが私の隣で日本酒を片手にぽつりと言う。そんなママにパパまでしんみりとした様子で暴れ狂う親戚たちを見つめながら呟いた。
「そうだな……絃との最後の夜にこれは無い。本当にうちの親族は皆デリカシーというものが無さすぎる」
「パパ、ママ、何回も言うけど私は別にお嫁に行く訳でもないし、海外へ行く訳でもないんだよ。だからそんなに悲観しないで、私の成長を見守っていてね」
「絃ちゃん!」
「絃!」
二人は両隣から私をヒシッと抱きしめ頬にぐりぐりと頬ずりをしてくるが、私はと言えば心の中では既に明日からの自堕落な生活に思いを馳せていた。
いよいよ出発の日の朝。私は薄手のコートを羽織り、行儀の良いスカートを靡かせて皆に見送られがらバスに乗り込んだ。手荷物は財布と携帯以外は何も入らないお洒落だけど利便性の無いバッグ一つ。
「それじゃあ、行ってきます!」
私はバスに乗り込む前に一家総出で見送ってくれた皆に手を振り、悲し気に視線を伏せて見せた。
そして一番うしろのシートに座ってバスが発車したと同時に足をバタつかせてその場で地団駄を踏んで喜びを無言で表す。
自由だ。これから真の自由が私を待っているのだ!
朝一番のバスに乗った私だったが、両親が用意してくれた高層マンションに辿り着いたのは辺りがすっかり暗くなった頃だった。
「へっへ~! 御当地ポテチ全種類ゲットしちゃった! それに今日の晩ごはんはハンバーガーのセットだぞ! 明日は下調べしておいたお店にカップ麺買いに行かないと!」
両手一杯にファストフードとジャンクフードが入った袋を下げてルンルンで新居に辿り着いた私は、初めてのオートロックに感動し、さらに部屋の前でカードキーに感涙しそうになる。鍵一つ取ってもお洒落だ。ここが今日から我が家なのか。そう思うと感慨深い。
部屋の鍵を開けてドキドキしながらドアを開けた私は、中の光景に息を飲んでドサリと荷物を落とした。
「っ!?」
ドアを開けると、そこにはフォーマルな衣装に身を包んだ男が立っていたのだ。
私は慌てて落とした荷物をかき集めて部屋を出ると、何度も何度も部屋番号を確かめる。