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第15話『世話係は甲斐甲斐しい』

「っつ!」


 痛いと思った次の瞬間、何やら甘く痺れるような感じがして私は膝から崩れ落ちる。セルヴィはそんな私の体を支えてソファにドサリと横たえると、躊躇うことなくグイグイ私の血を飲んだ。


 意識がぼんやりしてきて次第に目を開けているのも億劫になった頃、ようやくセルヴィの顔が私の首筋から離れていく。


 その顔は恍惚としていて息を呑むほど妖艶で、正に吸血鬼そのものだ。


「ああ、やっぱり君は完璧だ。でも僕ばかりが消費するのは駄目だね。大丈夫。ちゃんと最後まで責任を持って可愛がってあげる」


 口の端についた血をペロリと舐めたセルヴィは、ついでだとばかりに私にまたキスをしてきたが、私はそのまま意識を失ってしまったのだった。



 翌朝、とてつもなく早起きをした私はまずは自分の体がちゃんと動くかの確認をする為、普段は絶対にしない体操などをしてみることにした。


「腕を前から上げて~」


 スマホから大音量で流れる曲に合わせて全身を激しく動かしていると、大きく体を後ろに倒す運動の所で、ドアに凭れて眠そうな顔でこちらを見ているセルヴィとバチリと目があう。


「何してるの? こんな朝っぱらから」

「た、体操だけど? 何か問題があるかしら?」


 まさかこんな所を見られるとは思ってもいなくて声を上ずらせると、セルヴィが欠伸を噛み殺して呆れたように言う。


「そんなアクティブな子じゃないでしょ?」

「そんな事はなくってよ! たまには私だって体操ぐらい——いだーっ!」


 セルヴィの前で良い格好をしようとして足を伸ばす所で必要以上に足を伸ばした結果、私の足は思い切り攣った。


「ほら、言わんっこっちゃない」


 そんな私を見てセルヴィは呆れたように部屋へ入ってきてしゃがみこみ、自分の膝の上に私の足を上げて足首を右に左に倒している。


 あまりの恥ずかしさに思わず両手で顔を覆うと、セルヴィが半笑いで言う。


「お嬢様は運動には向いていません。朝は大人しく起床時間になるまでしっかり寝ていてください」

「……はい」


 要は静かにしていろと言う事なのだろう。私は攣った足をセルヴィに治してもらって大人しくベッドの中に戻って目を閉じた。


 良かった。今日も体はちゃんと動いた。


 安心すると今度は本格的に寝入ってしまったようで、気がつくと今度は毛布と掛け布団をセルヴィに引っ剥がされていた。


「絃ちゃん。朝だよ?」

「はっ! い、今何時!?」

「そろそろ9時」


 その言葉に私は青ざめた。そしてカレンダーを見てホッと胸を撫で下ろす。今日は3限からだった事を思い出したのだ。


「焦らせないでちょうだい、セルヴィ」


 ふぅ、と息をつきながらもう一度ベッドに転がろうとすると、セルヴィが一枚の紙をひらりと私の目の前に垂らした。


「これ、今日じゃなかったかな?」


 そこには絶対に受けたかった特別講師の授業の日付と時間が書いてある。


「あーーーー!!!!」

「ほら早く支度してください、お嬢様。朝食はもう車の中でどうぞ」

「あ、ありがとう!」


 私は急いでベッドから飛び降りると、慌ただしく部屋を飛び出した。そんな私の背中にセルヴィの笑い声が聞こえてくる。


 今、切実に思う。セルヴィをつけてくれたパパは本当に英断だったと。元々怠惰を絵に描いたような私が、一人暮らしなど出来るはずもなかったのだ。


 あれから15分。私はセルヴィが運転する車の中であまりの申し訳無さにべそべそと半泣きでおにぎりを頬張っていた。


 いつまでも起きて来ない私を見かねてセルヴィは朝食をおにぎりに変えてくれたらしい。全く非の打ち所の無いお世話係だ。吸血鬼だという事を除いては。


「そんな半泣きになるなら目覚ましセットすれば良いのに」

「してるわ。してるけど、セットするボタンを押すのを忘れたのよ」

「おっちょこちょいだなぁ。5歳の君もそうだったけど、絃ちゃんは絶対に一人で生きられないタイプの人間だよね?」

「そ、そんな事はないわ! こう見えて根性はあるわよ!」

「根性っていうか、執念だよね?」


 一体何の事を言っているのか、セルヴィが肩を竦めて笑う。


 ふと、私は2つ目のおにぎりを齧って目を瞬かせた。おにぎりの中に入っている物に気づき思わず震えてしまう。


「こ、これ、セ、セルヴィ! これ!」


 開かずの踏切で止まったのを良い事に私はおにぎりの中を指差してセルヴィに見せると、セルヴィは神妙な顔をした。


「申し訳ありません、お嬢様。用意していた朝食の中におにぎりの具になりそうなのが鮭しか無かったのです。なので苦肉の策でお嬢様が大嫌いなコンビニのホットスナックを入れさせてもらいましたが、今日の所は我慢してもらえますか?」


 コンビニのホットスナーーーーーーーーック!!!!!



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