変な所に感心していると、岩崎が何かを思い出したかのようにポケットからぐちゃぐちゃの紙を取り出した。
「えっとこれ! 良かったら。俺テニスサークルに居るんだけど、今マネージャー居なくて凄く困ってるんだ。良かったら検討してみて。それじゃ!」
岩崎はそれだけ言って私の手の中にテニスサークルのチラシを押し込んで走り去ってしまった。
私はその紙をじっと見つめて思う。マネージャーか……私には一番向いていない奴だな、と。何せ怠惰が具現化したような私だ。
「それにしてもサークルか。考えた事も無かったな。ちょっと調べてみよっと」
聞く所によると大学のサークルには色んなのがあるという。もしかしたらジャンクフードサークルとかファストフード食べ歩き同好会なんかもあるかもしれない。
私は嬉々として掲示板を見に行き、その20分後には落胆していた。
「あるわけないか……」
大きな掲示板から小さな掲示板まで手当たり次第、虱潰しに見て回ったが、どこにもジャンクフードやファストフードの文字は無かった。
とぼとぼと構内を歩いていると、前方から数人の女子が頬を上気させてひそひそ話しながらやってくる。前方には駐車場しかない。
何となく嫌な予感がして女子たちがやってきた方へ向かうと、そこにはとてもよく見慣れた暗い赤色の可愛いレトロカーが停まっていた。
私はその車に近寄ってコンコンと窓を叩く。車の中ではセルヴィが顔に本を乗せて眠っている。
その音に気づいたのかセルヴィは顔から本をどかせると、私を見て顔をほころばせた。
「絃ちゃん!」
「こんな所で何をしているの?」
「迎えに来たんだよ。次の授業で終わりでしょ?」
「そうだけれど、まだ一時間半もあるのよ?」
思わず問いかけると、セルヴィは持っていた本を軽く振った。
「誰かさんのせいで寝不足なんだよね。だから昼寝がてら待ってるよ」
朝っぱらから大音量でラジオ体操をしていた事を言っているのだろう。それについては本当に申し訳ない事をしたと反省している。
「それはごめんなさい。で、その本はアイマスク代わりという事?」
「そういう事。授業が終わったらまた起こして」
「分かったわ。おやすみなさい」
「うん、おやすみ。頑張ってね」
セルヴィはそれだけ言って私が見えなくなるまで手を振ってくれていた。見た目は猫みたいにミステリアスで美しいが、中身は愛嬌のある犬のようだ。
ただ、実際はライオンのように絶対的な覇者だと言う事を私は知っている。何せ私は彼のゾンビ、もとい嗜好生物なのだから。
けれど私はまだその事実を受け入れてなど居ない。どうにかして契約を無かった事には出来ないかと考えているのだが、体内の組織を作り変えられているのであれば、それは難しいのかもしれない。
「でも一縷の望みはある! 作り変える事が出来るなら、きっと元に戻す事も出来るはずよ!」
元々楽天家の私である。この時はまだ安易にこんな事を考えていたのだ。
授業が終わりセルヴィを待たせている事も重々承知していたが、私は一応テニスサークルを覗いてみる事にした。
テニスサークルが普段活動しているというテニスコートに行ってみると、そこにはびっしりと男女問わず人が金網に張り付いてコートを覗いている。
「凄い人気」
それを見て思わずポツリと呟き、金網の端っこまで移動して人の隙間から中を覗くと、正にこのサークルに誘ってくれた張本人、岩崎が誰かと対戦している所だった。
岩崎がサーブを打つ度にあちこちから歓声が上がり、点を取ると黄色い声が上がる。テニスサークルの人気も凄いが、どうやらその大半の人気は岩崎が独り占めしているらしい。
「あれは自画自賛ではなかったのね」
むしろ大分謙遜していたのでは? そう思う程度には物凄い人気だ。
テニスのルールさえも知らない私はその場からぼんやりと眺めながら思っていた。ボールを追いかける人たちを見て、よくあんな早く走れるなぁ、などと。
「絃ちゃんには一生かかっても出来ないスポーツだね」
じっとテニスを眺めていると突然背後から甘い声が聞こえてきて驚いて振り返ると、そこには腰に手を当ててこちらを不機嫌そうに見下ろすセルヴィが立っている。
「わ、私にだってテニスぐらい出来るわ」
「ラジオ体操で足攣るような人には絶対に無理だよ。ほら、帰るよ」
そう言ってセルヴィは私の手首を掴んで歩き出そうとしたので、私はそれを慌てて止めた。
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい! 返事を岩崎君にしておかないと!」
「返事? 何の」
「これに誘われたの」
岩崎に貰ったチラシはもはやボロボロだ。それを丁寧に伸ばしてセルヴィに見せると、途端にセルヴィの表情が曇る。
「岩崎ってどいつ?」
「あの黒髪の爽やかそうな人だけど」
「ふぅん。やっぱり君には首輪とリードも必要かな。飼い主の目を盗んでコソコソとそんな約束して」
「リードと首輪って……」
それではまるで本当にペットみたいではないか!
やけに低い不機嫌なセルヴィの声に私は首を傾げた。別に何もコソコソなどしていない。