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第20話『お嬢様だって傷つく』

「な、なによ」

「じゃあどうしてあそこへ行ったの? あんなチラシ握りしめて」

「え? それは断りに行こうと思ったからよ。あのチラシをくれた時マネージャーが居なくて凄く困ってるって言ってたから、それなら断るのは早い方がいいわよね、と思って」


 それなのにセルヴィと岩崎が勝手にヒートアップし始めたのだ。


 それを伝えると、それまで冷たい顔をしていたセルヴィの顔がじわじわと喜びに溢れ出す。


「なんだ! それなら早く言ってくれればテニスなんてする必要無かったのに!」

「言おうとしたけど、あなた達が勝手に盛り上がってしまって口を挟めなかったのよ」


 フイとそっぽを向いて言うと、セルヴィは私の頭をワシワシと撫でてきた。その手つきはあの五歳の時に撫でてくれた時から何も変わっていない。


「全く! 本当に世話の焼ける嗜好生物なんだから! まぁでもあの男もあそこまでこんてんぱんにしたらもう二度と絃ちゃんには近づかないでしょ。もちろん他の野犬も。と言うことは一石二鳥だったのかな。これで安心安心」

「そう言えばさっき岩崎さんに何を言ったの?」

「え? 負け犬は負け犬らしく、大人しくハウスしてなねって言っただけだけど?」

「……」


 笑顔でそんな事を言うセルヴィに私は言葉を失ったまま帰路についたのだった。


 家にたどり着くなり、私はよろよろと車から下りて涙を拭う。


 あろうことかセルヴィがまたコンビニに寄って自分だけスナック菓子を大量に買い付けてきたのだ。『久しぶりにテニスしたらお腹減っちゃった』などと言って。


 そしていつものように私に見せつけるかのように目の前でスナック菓子を食べ始める。


「……」


 セルヴィが一口食べる毎に私の喉が鳴った。なんだ、この地獄は。


「どうかした? 絃ちゃん」

「どうもしていないわ。晩ごはんの前なのにそんなに食べて、入らなくなるわよ」


 お嬢様の仮面はこんな時でも決して剥がれやしない。苦し紛れに口から出た苦言にセルヴィが目を細める。


「大丈夫。まだ育ち盛りだから」


 そう言ってまたお菓子を口に放り込むセルヴィを軽く睨みつけると、私はすごすごと部屋へ戻って涙を飲みながら課題をしたのだった。


            ◇


『絃ちゃん観察日誌・1


 絃ちゃんは5歳の頃から何も変わらない。どれだけお嬢様らしく振る舞おうと、その性根は素直で正直だ。だから全てが顔や態度に出てしまう。


 僕はそんな絃ちゃんを見るのが好きでいつもつい意地悪をしてしまう訳だが、流石に最近は少しだけ絃ちゃんのジャンクフードへの執着が少しだけ怖い。


 あまり意地悪をしすぎると嫌われてしまうかもしれない。そうは思うのに、どうしても意地悪したくなってしまう!


 最初の頃は僕への警戒心も強かったけれど、今では少し慣れてきたのか本来の絃ちゃんの姿が見られるようになってきた。これは良い兆候だ。


 嗜好生物に関しての著書はさほど多くないけれど、いつか僕のこの日誌が誰かの役に立つ事を祈ってる』


 ここまで書き終えてセルヴィは鍵のついた日記帳を閉じた。それを引き出しの中の二重底の下にしまい込む。


 今頃、絃は部屋で半泣きになりながら大学の課題をやっているのだろう。成績が悪い訳ではないが、いかんせん絃は要領が悪い。鈍臭いし怠け者だし朝なんて起こさなければいつまでも惰眠を貪っている。


「それでも可愛いんだもんな。嗜好生物って不思議」


 吸血鬼の郷にも犬や猫と言ったいわゆるペットを飼う奴らは居たし、それこそ傷んだ嗜好生物を飼ってる奴らもいたけど、絃はそのどれとも違う存在だ。


 完璧な嗜好生物は年を取る事もなければ、契約者が死ぬまで死ぬこともない。飽きたら供給を止めれば良いだけだけれど、僕は絃を一生側に置いておくつもりでいる。


 キスという単語にすら真っ赤になるような純粋培養なお嬢様育ちなのに、蓋を開ければ1日中スナック菓子やファストフードのクーポンを集めている絃だ。


 一人では本当に何も出来ず、よくこれで一人暮らしを始めようと思ったなという感じはあるが、そこがもう何ていうか世間知らずで堪らない。


 小さい頃から愛されてきた子特有のあの素直さは僕から見ると、とても羨ましくて、妬ましい。


 けれどそれを凌ぐほど絃の存在は僕を癒やしてくれる。


 セルヴィは今日の株価をチェックしながらすっかり冷めてしまったコーヒーを飲んで一息つくと、絃の為のアクセサリーをネットで探し始めた。


 そろそろ季節も変わるので、胸元を飾る何かが欲しかったのだ。こんな物を同胞に選んだ事などない。同じ種族はどうしても愛せない。


 それはきっと、吸血鬼の血が濃すぎて幼い頃から誰にもまともに相手にしてもらえなかったからだ。


 だからこそ、僕はこんなにも絃に執着するのだろう。


             ◇

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