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第21話『お世話係は許さない』

 セルヴィと暮らし始めて半年ほどが経った頃、私達の関係はあの日からすっかり変わってしまっていたけれど、セルヴィは相変わらず私をお嬢様と呼び、世話係を買って出てくれている。


 ただ、セルヴィの私への態度が日に日に意地悪になっていくのは気のせいだろうか。


 そして相変わらず私は夢のジャンクフードを自由に食べる事も出来ず、ファストフードやスナック菓子すら自由に食べられないでいた。唯一セルヴィに献血(吸血)した時だけは何かしら一個だけくれるのだが、それだけだ。


 ついでに言うと毎日の供給のキスも未だに全く慣れないし、最近ではセルヴィがとうとう寝ている私に勝手に供給してくれている始末である。


 おまけにどれほど探しても嗜好生物の事についてはどこにも載っておらず、ましてやゾンビ化した人間を元に戻す方法なんて見つかる訳もなかった。


 私は大学の図書館で机に突っ伏して大きなため息を落とし、今しがた読んでいた文献をペラペラとめくる。


「そもそもゾンビになった人が居ないんだもん……見つかる訳ないよ」


 創作物の中には飽きるほどゾンビは出てくるが、実在の人物でゾンビになって蘇った人は居ない。


「ていうかさ、ゾンビってどういう状態? 腐ってんの? でも綺麗なゾンビって言ってたし……そっからもう分かんないんだもんな……」


 今までの人生の大半をジャンクフードとファストフードに費やしてきてしまった弊害なのか、私の中でゾンビへの見識が浅すぎる。


「そう言えばゾンビって噛まれたらゾンビになっちゃうんだっけ? あれ? それはキョンシー? 吸血鬼? いや、でも私はセルヴィに噛まれても何ともなってない。てことは吸血鬼が噛んで仲間にするっていうのは創作か」


 ブツブツと図書館の隅で独り言を言いながら本をめくる私が異様だったのかどうかは分からないが、気がつけば私の周りには誰も居なくなってしまっていた。


 ため息をつきながら本を全て返却して教室に戻ると、何やら教室が色めき立っている。


「ねぇ聞いた? 長谷川先生が三日前に事故にあったんですって」

「まぁ怖い。でも代わりの方が来られるんでしょう?」

「そうなの! それが物凄く美形だって話よ」

「まぁ! それは楽しみね」


 お嬢様と言えどもイケメンには目が無い。もちろんアイドルを愛でる感覚なのだろうが、私には全く興味がない。


 何故なら家には今日も甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれるであろう、セルヴィという名の美貌の吸血鬼が居るのだから。


「口ではお嬢様とか言う癖にさ。完全に立場逆転だもんな……悔しい!」


 私は机に突っ伏して泣き言を言いながら先週の週末の事を思い出していた。



 一週間の癒やしである週末は、私にとっては今や昼までベッドの上でゴロゴロと惰眠を貪ることが出来る天国みたいな日になっていた。


「はぁ~スウェット最高。これ考えた人ほんと天才。そうだ! 冴子に自慢してやろ~っと」


 こんな生活をしていると知られたらすぐにでも実家に連れ戻されそうだが、ここでは誰にも何も言われない。と、その時だ。


「絃ちゃ~ん、おやつ持って来——お嬢様」


 ベッドの上で転がりながらスマホを弄っていた私の部屋へセルヴィがやって来たかと思うと、私を見るなりスッと顔にお世話係仕様の笑顔を貼り付けた。


 突然現れたセルヴィを見て私は急いで起き上がると、通販で注文した楽過ぎるスウェットの上下を隠すように体に毛布を巻き付けて髪を整える。


「セ、セルヴィ! いつもノックはしてちょうだいってあれほど言ってるのに!」

「ペットの部屋にノックをするような飼い主は居ませんよ。それよりもお嬢様、その服はどちらで?」

「つ、通販よ」


 はっきりとペットと言い切られて悲しくなるが、セルヴィの口調が何だか怖いので素直に答えるとセルヴィは目を眇める。


「通販? いつ注文したのです?」

「せ、先週の水曜日だけど」


 薄い笑顔を浮かべてじりじりとこちらに寄ってくるセルヴィに怯えながら答えると、セルヴィはそれを聞いて納得したように頷いた。


「どうやらお嬢様には知恵がついてきてしまったようですね。私の行動をよく見ている事は褒めて差し上げますが、私の居ない隙を狙って通販で衣類を注文するだなんて思いもしませんでしたよ」


 セルヴィは二週間に一度だけ家を半日ほど開ける日がある。それは決まって水曜日で、その日に届くように私は上下セットで1999円だった格安のスウェットと言う服を注文したのだ。


「な、何を言っているのかしら? 私が何を着ようと私の自由——」


 言い返そうとしたけれど、セルヴィは最後まで聞く前に私の言葉を遮ってきた。


「いいえ、許しません。あなたがどれほどだらしなくとも、私の美意識に反する格好をする事だけは許しません。何ですか、この素材。ナイロン! 嘆かわしい! そんなもの着てると肌が痒くなりますよ!」


 セルヴィはそんな事を言いながら近寄ってきたかと思うと、私から毛布を剥ぎ取り、服のタグを見ておでこに手を当てて落胆している。

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