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第22話『お嬢様はいつもぼっち』

 そう、セルヴィは基本的には何でも自由にさせてくれるのだが、身なりにだけは凄くうるさい。確かに私はセルヴィがだらしない格好をしているのを見たことが無いが、私が着るものにも異常にこだわるのだ。


 そこでふと思い出した。そう言えばセルヴィは吸血鬼は美意識が高いと言っていたな、と。


「大体、服なら沢山買い与えているでしょう?」

「セ、セルヴィが選んだのは全部シワになりそうな服ばかりなんだもの」


 おいそれと着てゴロゴロするには不向きな服ばかりを用意してくれるセルヴィだ。そしてそれを自腹で買ってくるのだから怖い。


「シワになっても構いません。どうせ私が伸ばすのですから。ほら! すぐに着替えてください! おやつはそれからですよ!」


 そう言っておもむろに服を脱がせようとしてくるセルヴィを部屋から追い出し、渋々着替えてリビングに向かったのだった。おやつを食べに。



 そんな週末を思い出してグスグス言っていると、教室のあちこちから黄色い声が上がった。


 何事かと思って顔を上げると、壇上にはメガネをかけたそれは見事な金髪の美しい理知的な男性が立っている。


「皆さん、はじめまして。セシルと申します。今日からしばらく長谷川先生の代わりに講義をさせていただきます」


 セシルは流暢な日本語で挨拶をすると、まるで一人一人の顔を暗記するかのように教室を見渡す。


 ふとセシルの視線が止まり、思い切り目があってしまった私は、思わず視線を伏せた。変に目をつけられたら堪らない。そう思ったのだ。


 講義が終わって課題を提出しようとセシルの元へ向かうと、セシルは生徒に囲まれていて課題が渡せそうに無い。


「すみません! これだけ提出させてくれませんか?」


 セシルに群がる女子たちに声を掛けると、女子はちらりとこちらを見てすっと道を開けてくれた。


「ありがとうございます」


 お礼を言ってセシルに課題を渡そうとしたその時、どこかから「あの方、セシル先生にも媚びるのかしら?」だとか「この間、岩崎さんと使用人を争わせたそうよ」などと囁かれていて、私は逃げるように課題だけ提出してその場から逃げ出した。


「セルヴィめ~~~!」


 セルヴィは岩崎とその他の野犬達を退ける事が出来て一石二鳥だなどと言っていたが、実際は野犬どころか同性からもこのザマである。


「友達が出来る気配がしない」


 これが四年間も続くのか。そう思うと悲しくなるが、もとより自分を偽りすぎて友人が出来なかった私だ。このぐらいでは今更へこたれたりなどしない。


 しないが、寂しいものは寂しい。


 トボトボと駐車場に向かっていると、正面からセルヴィがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。その姿を見て気づけば早足になっている自分がいる。


「セルヴィ!」

「絃ちゃん、今日も勉強お疲れ様。で、課題どうだった?」

「分かんない」


 素直に答えた私を見てセルヴィが首を傾げた。


「ん? どういう事? 今日提出だったんだよね?」

「そうなんだけど、長谷川先生が事故っちゃってしばらく代わりの先生になったの」

「そうなんだ。あんなに頑張ったのに残念だったね」


 よしよしと私の頭を撫でるセルヴィにコクリと頷いてセルヴィと共に歩き出す。 そんな私達を教室から誰かがじっと見ていた事を、この時の私は少しも気付かないでいた。


 その日の夜、食事の時はいつもセルヴィが大抵先に席についているのだが、今日は珍しくセルヴィが居ない。


 仕方がないので先に席について待っていると、五分ほどしてセルヴィがやってきた。


「ごめんごめん。先に食べてて良かったのに」

「嫌だよ。一人で食べても美味しくないもん」


 思わず素で答えた私を見てセルヴィが嬉しそうに笑う。


 最近、私はセルヴィの前でたまにお嬢様の仮面を被りそこねる。それが何故なのかは分からないが、セルヴィはそんな私を見ても嫌な顔や落胆したような顔を一切しない。


 それどころか何故か今のように嬉しそうに笑うのだ。その笑顔にたまにキュンとなるが、それは一生教えてなどやらない。


「そっか。それじゃあいただきますして」

「うん。いただきます」


 まるで子供扱いだが、それにもすっかり慣れてしまっている自分が悲しい。


 今日も美味しい夕食にホクホクしていると、ふとセルヴィが真顔でこちらをじっと見つめている事に気づいた。


「どうかしたの?」

「いや、ちょっと嫌な話が耳に入って。絃ちゃん、これからもしかしたら君の周りがうるさくなるかもしれないけど気をつけてね」

「どういう意味?」


 一体何だと言うのだ。セルヴィが岩崎を打ち負かした日から私の周りは既に煩いと言うのに。


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