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第34話『お嬢様は立ち聞きする』

「ああ、大変だ。あいつは郷でも飛び抜けて有名だからな。しょっちゅう人間や吸血鬼を狩っては意識を混濁させる。同胞だろうが何だろうがお構いなしだ。同胞の血なんて飲んで何が楽しいんだかな」

「仲間の血は美味しくないの?」

「そうだな。好んで飲むものではないと思うぞ。だがお前を手に入れてからあいつはめっきり人を襲わなくなった。その点では感謝している」


 淡々としたスイの言葉に私は曖昧に頷いた。どうやらセルヴィはその界隈ではとても有名な吸血鬼のようだ。悪い意味で。そんな人に捕まって可愛がられている私は、運が良いのか悪いのか分からない。


「セルヴィはそんなに暴れん坊だったの?」

「ああ、それはもう。ハミルトン家というのは、吸血鬼最高峰の家柄なんだ。そこの跡継ぎなんだよ、あいつは。吸血鬼は力の強さもだが何よりも血が物を言う。その血が濃ければ濃いほど吸血鬼の特色は強い。そういう意味ではあいつは歴代のハミルトン家の中でも郡を抜いている。何せ自分の身内すら躊躇う事なく再起不能にしてしまうのだから」

「え……」

「なんだ、聞いていないのか? あいつの身内はもう妹しか生き残ってはいない。その他の血縁者は皆、あいつに喧嘩を仕掛けて逆に殺された。まぁ、どちらが悪いかと言えば人間の倫理で言うと襲った方なのだろうが、吸血鬼の世界ではそんな事はさほど珍しい事ではない。特にあいつのように高位の貴族ともなるとな。だが流石に殺すまではしないんだがな、普通は」

「こ、怖い」


 そんな世界観の場所がこの世にあるなど考えた事もなかった。


 思わず本音を漏らした私にスイは小さく微笑んで頷く。


「大丈夫だ。あいつは同胞からも怖がられている。安心しろ」


 それを聞いて私は少しだけ安心して頷いた。


「そんな奴が嗜好生物を作ったなどと言うから、一体どんな仕打ちをしているのかと思っていたが……正直、俺はまだお前の存在が信じられないでいる」

「どういう意味ですか?」

「いや……あいつが誰かの世話を甲斐甲斐しく焼くところが想像出来なくてな。今日の検診もだが、あいつとは一体どんな生活を送っているんだ?」


 そう言われて私はありのままの私生活をスイに話した。それを聞いてスイはどんどん青ざめていく。


「そ、そうか。分かった。もういい。では検診に移ろうか」

「えっと、はい」


 何だか完全に引きつっているスイを見て私は言われるがまま、検診と問診を受けた。


 しばらくして診察室を出ると、ドアに張り付くようにしてセルヴィが立っていたようで、外に出た途端セルヴィにギュッと抱きしめられる。


「セルヴィ!? ビックリした!」

「絃ちゃん! ああ、良かった。叫び声の一つでも聞こえたらすぐに飛び込むつもりで居たんだ!」

「検診に来て叫ぶことなんてそうそう無いと思うけど」

「分からないよ! スイだって吸血鬼だ。絃ちゃんを前にしたら豹変するかもしれないでしょ!」


 それは無いと思うが。そんな言葉を飲み込んで待合所に戻ると、しばらくしてスイが診察室から出てきてセルヴィを呼んだ。


 まさか何かあったのか? そんな考えが頭を過るも、続いたスイの言葉に私はホッと胸を撫で下ろす。


「心配するな。特に何の問題もない。ヴィーを呼んだのは郷からの定期連絡だ。早く来い」

「そんなの電話で良いだろ」


 面倒そうに言いながらセルヴィは立ち上がって私の頭を撫でると、スイと共に診察室に消えていく。


 私はそんな二人の背中を見送ったが、好奇心に駆られてついついセルヴィと同じような事をしてしまう。


 診察室のドアに耳をピタリと当てると、二人の声をどうにか聞き取った。 


『それにしても凄い執着だな。聞いたぞ。あの娘、絃だったか?』

『ちゃんと敬称をつけろ。絃ちゃんを呼び捨てにして良いのは僕だけだ』


 セルヴィの声が一際低くなった。そんな事でそんな怒る?


 そう思いつつ、ふとセルヴィが私以外の誰かと会話しているのを、私はこの時初めて聞いた事に気がついた。


 私には紳士的で多少意地悪でも基本的には優しいセルヴィだが、他人に対しては随分と冷たい。


 いや、スイにだけ冷たいのだろうか? それは分からないが、私はさらに耳を澄ましてセルヴィとスイの会話を一言一句漏らさないようドアに体をピタリと寄せた。


『あいつはお前にとって何なんだ。どうしてそこまで執着する? 嗜好生物は諦めたと前に言っていただろう? 確かに完璧な嗜好生物ではあるが……』

『夢だ。絃ちゃんは僕の夢そのものだ。確かに今までにも何度か嗜好生物を作る機会はあった。でも最後の最後でいつも心が決まらなかった。だから諦めるって言ったんだ。自分と一生を共にする事になる生物を吟味しているうちにどうでも良くなってたって言うのもあるけど……僕はあの子に出会ってしまった。あの子は僕を少しも警戒しなかった。この僕を。あの日からあの子は僕の特別になった。僕があの子の命を握ってる。恋人や家族は縁が切れても、あの子だけは僕から離れられない。僕だけがあの子の全てなんだよ』


 そんな事を考えていたのか! 私はブルリと身震いしながら話の続きに耳を傾けた。続いて聞こえてきたのはスイの呆れたような声だ。

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