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第36話『お嬢様は寂しい』

 いよいよ待ちに待った大学祭に約束通りセルヴィと共に客として参加する事になった私は、あの検診でうっかり聞いてしまったセルヴィの話を一旦忘れて朝からウキウキでセルヴィの選んだ服に着替えてリビングで待っていた。


 そこへ少しだけ遅れてセルヴィが今風のカジュアルな服装でやってくる。


「お待たせ、絃ちゃん。うん、今日も可愛い。でも、もっと可愛くしようね」


 それだけ言うといつものように私の髪を弄るセルヴィに私は声を弾ませて尋ねた。


「ねぇセルヴィ、パンフレット見た? 何食べる? どこ見て回る?」

「んー? 僕は別にどこでも」


 人間を餌としか思っていないセルヴィにとって、人間の祭りなど本当にどうでも良いのだろうが、人の中で生きるのであればもう少しぐらい歩み寄るべきだ。


「それじゃあ行き先は私が決めても良い?」


 セルヴィの前ではもうすっかりお嬢様仕様を止めた私にセルヴィはコクリと頷く。


「それじゃあ今日は私がエスコートするね! セルヴィは黙って私についてきて!」


 自信満々に胸を叩いた私を見てセルヴィは苦笑いしながらお世話係の顔で言う。


「ええ、頼りにしていますよ、お嬢様。ですが忘れないでくださいね。おやつは一日一個です」

「うっ……」


 最近のセルヴィは一日に一つだけ、おやつを買うのを許してくれる。そのおかげで私は毎日気になっているおやつをスーパーやコンビニで吟味しているのだ。


 準備が終わっていつものように車に乗り大学に向かったのだが、大学の駐車場はいつもよりも混んでいた。


「停める所がないね」

「そうですね。ですが、もうすぐあそことあそこが空きますよ」


 そう言ってセルヴィが指差した先を見ると、そこに停まっていた車の持ち主たちが何故か青ざめて急いで車に乗り込んでいく。


 ふと視線を外に向けるといつか見た黒服の男たちが駐車場でウロウロしている。男たちはさっきからしきりに駐車場の周りで戻ってきた人たちに片っ端から声をかけていたのだ。


「ねぇセルヴィ? もしかしてあの方達はあなたのお知り合い?」


 ポツリと呟くとセルヴィはにこりと微笑んだだけで何も言わない。


 やがて駐車スペースに無事に車を停める事が出来た私達は、こちらに向かって頭を下げる黒服の男たちを横目に会場に向かったのだが、その時にちらほらとこんな声が聞こえてきた。


「ねぇ、あの子の家ってもしかして裏家業なのかな?」

「そうなのかもね……あんまり関わらない方が良いかも」


 それを聞いて私は思わず振り返った。それと同時に近くを歩いていた生徒たちに一斉に視線を逸らされる。


「ちょっとセルヴィ! うちの家がヤバい家業みたいになっちゃっているんだけど!?」

「えー、別に他人からどう思われても良くない?」

「げ、限度ってものがあるでしょ! うちはれっきとした古いだけが取り柄の害のない家なのに!」

「はは! 確かに香澄家は古いだけが取り柄だよね。君の両親は投資が下手すぎる。僕が介入した事でこの間の子会社の件は片付いたけど、本当に手のかかる一家だよ」

「え、そうなの?」


 思ってもいなかったセルヴィからの答えに私は思わずセルヴィを凝視する。


「そうだよ。何だ、知らなかったの? あ、そうか教えてもらえなかったのか。誰かが介入しないと今頃君の家は取り壊されてたよ。それぐらいの損失になるとこだったんだからね!」


 そう言ってセルヴィは私の鼻先を人差し指で軽く押し上げてきた。それを聞いて私は深く反省する。


 家の事は確かに私は何も知らない。知らないが、私の両親は少なくとも大きな家を守るような器ではないという事は私も知っている。何と言うか働き者なのだが先見の明が呆れるほど無いのだ。


「あ、ありがとう」

「いいえ、どういたしまして。まぁ僕にとっても香澄家が暴落するのは避けたいんだよ。君の家は僕がここでこれからも生きていく為に色々と役に立ちそうだからさ」

「……あ、そう。程々にしてあげてね……」


 どうやら私だけでは飽き足らず、気がつけばいつの間にか両親でさえセルヴィの部下のようになってしまっているらしい。


 それに気づいた私は半眼でパンフレットを取り出して下調べをしておいた出し物に目を通す。


「まぁ難しい話はもういいよ。まずはここ!」


 そう言って指さしたのは巨大迷路である。ペアで別々の入口から中に入って二人で出てくる時間を競うらしい。


 私はここでうっかりセルヴィとはぐれて大学祭を堪能しようと思っていたのだが、迷路に入って数分後——。


 私は巨大迷路の中ですっかり迷子になっていた。セルヴィよりも先に出て大学祭を堪能するどころか、これでは一生ここから出られないかもしれない。


 私は半泣きになりながらセルヴィを求めて迷路の中を練り歩く。


 何せ小さい頃から一人きりになった事など無い私は、一人というものがこんなにも寂しくて心許ない事なのだと言う事をこの時に初めて知ってしまった。

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