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第37話『お嬢様、楽しむ』

 まだ迷路に入って数分でそんな風に思うのだから、これが何年も続く一人暮らしなど、絶対に出来なかったのではないだろうか。


「……ヴィーどこ?」


 半泣きになりながら私はそれでも歩き続けた。嗜好生物になってセルヴィとの繋がりが出来たと言うのであれば、セルヴィの位置ぐらい感知する事が出来れば良いのに、この体にはそんな便利な機能などついていない。


 私は半泣きのままとうとうその場に座り込んだ。


「セルヴィから逃げようとしたからバチが当たったんだ。きっと私はこのままここでセルヴィからの供給を受け取れずにミイラになっちゃうんだ……最後にセルヴィのご飯食べたかった……」


 膝を抱えて泣き言を言う私の頭上に影が落ちた。驚いて顔を上げると、そこにはセルヴィが苦笑いを浮かべてこちらを見下ろしている。


「こんな所で何やってるの。入口からまだ数十メートルだよ? もしかしてもうくたびれた?」


 呆れたような口調でセルヴィはこちらに向かって手を差し出してくる。


 そんなセルヴィを見て私は思わず立ち上がってセルヴィにしがみつくと、セルヴィはそんな私をしっかりと抱き返してくれた。


「どこ行ってたの!」

「どこって迷路だから。君を探してたんだよ」

「ペ、ペットを置いてくのは良くないわ! そう! 良くないんだから!」


 自分から提案しておいて滅茶苦茶な事を言う私にセルヴィから何故か嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。


「それじゃあ迷路なんて馬鹿な提案はしない事だね。寂しくて泣いてたの?」

「な、泣いてない!」


 嘘だ。思いっきり泣いていた。寂しくて悲しかった。もう二度とここから出られないんじゃないかと不安になった。


 私はセルヴィから体を離して目を擦ると、いつものようにセルヴィの服の裾をつまむ。


「出口分かる?」

「分かるよ。こっち」


 そう言ってセルヴィは何の迷いもなく歩き始める。その安心感たるや言葉では言い尽くせない。


 ようやく迷路を脱出すると、出口で係の人達が歓声を上げた。


「新記録です! 新記録が出ました! おめでとうございます。これ景品です」

「まぁ、ありがとうございます」


 そう言って手渡されたのはこの迷路が印刷されたハンドタオルだ。


 私はそれをじっと見つめてあくまでも行儀よくお礼を言うと、乱暴にバッグに突っ込む。もう迷路など二度と見たくない。


 そんな私の心を察したのかセルヴィが隣で笑いを堪えているが、私はそんなセルヴィの腕を掴んで颯爽とその場を立ち去った。


「絃ちゃんが入口すぐのとこで寂しくて泣いた事は内緒にしておいてあげるね」


 意地悪に微笑んでそんな事を言うセルヴィを軽く睨んでから、次の目的地に移動する。


「次は何するの?」

「次はこれ!」


 そう言って開いたパンフレットには、校舎全体を使った謎解きミステリーとあった。


「謎解き? 絃ちゃんこういうの好きなの?」

「ううん、好きじゃない。でも参加賞が……」


 謎解きミステリーの参加賞はスナック菓子の詰め合わせらしい。それを見てセルヴィが苦い顔をしている。特賞は旅行券とあるが、むしろ私が欲しいのはこの参加賞だ。つまり、参加する事に意義があるのだ。


「ふぅん」


 セルヴィは意気揚々と歩く私の手を取りながら、何か含みのある返事をして大人しくついてくる。


 道中の謎解きを二人で攻略していると、途中でチェスの問題が出てきた。


 もちろん私はチェスなど小洒落たものは出来ない。


 おまけにただのチェスではない。立体チェスだ。実際に盤はなく、紙によく分からない英数字が書かれているだけである。


「この状態から三手以内にキングを取ってください」


 係の人にそう言われて私は思わずセルヴィを見上げると、セルヴィは涼しい顔をして答えを紙に書き出した。係の人もまさかそんなすぐに解くとは思ってもいなかったのか、答えが記されているであろう紙を見つめてゴクリと息を呑む。


「ど、どうぞ。これが次のヒントと秘宝です」

「あ、ありがとうございます」


 私は引きつりながらその紙を受け取ると、足早にその場から離れてセルヴィの腕を掴む。


「チェスも出来るの!?」


 ここまで淡々と問題を解いてきたセルヴィに尋ねると、そんな私の質問にセルヴィが肩を竦めて答えてくれた。


「チェスもって。僕の故郷をどこだと思っているの?」

「え、知らない」


 そう言えばセルヴィがどこの出身かも知らない私にセルヴィが苦笑いを浮かべる。


「イギリスの近くの孤島だよ」

「孤島? 国籍はイギリスって事?」

「いいや。どこの国にも属していない。吸血鬼の郷は完全に独立した小さな国のような扱いなんだ」

「……そうなんだ」


 よく分からないけれど、とにかくセルヴィが私の知っている国のどこにも属していない所の出身だと言う事だけは理解出来た。


 けれどそれは当然だろう。吸血鬼などという全く別の種族がどこかの国に属していたら、それこそ大変な事になりそうだ。


 2つ目の秘宝を抱えながらまた一つ知ることが出来たセルヴィの事に、私は単純にもホクホクしていた。

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