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第38話『お世話係も楽しむ』

 その後、残りの秘宝もほぼセルヴィのおかげで回収し終えてゴールした私の手にはしっかりと旅行券が握られていた。


 ついでに言うとお菓子の詰め合わせセットは無い。


「……何か違う」


 呆然と旅行券を見つめる私を隣のセルヴィが肩を揺らして笑っている。


「っふ……くく」

「セルヴィ、もしかしてわざと? ねぇわざとなの?」


 半眼になった私を見下ろしてセルヴィがとうとう吹き出した。


「まさか! 参加賞なんだから攻略しようがしまいが貰える物だと思ってたよ」


 それはその通りだ。私もてっきり貰える物だと思っていたのだが、セルヴィの前で以外はお嬢様の仮面を被っている私は、それを言い出す事が出来なかったのである。


「絃ちゃんは壊滅的に運が悪いのか、飛び抜けて運が良いのかよく分からないね」


 そんな事を言うセルヴィを睨みつけた私は、気を取り直してパンフレットを取り出してセルヴィに見せる。


「次はねー」


 そろそろお腹が減ってきたので屋台を指さそうとした私の隣から、セルヴィの長くて綺麗な指が伸びてきた。


「ここ」

「え?」

「ここが良いな」


 参加はしない! と言っていたセルヴィもようやく楽しくなってきたのか、とうとう大学祭に興味を示したようだ。


 セルヴィが指さした先を見ると、そこには写真館とある。


「写真館?」


 意外なチョイスに思わず首を傾げると、セルヴィがコクリと頷く。


「うん。着飾った絃ちゃんが見たい。そろそろ僕もご褒美が欲しいな。駄目?」

「い、いいけど」


 そんなあざとく小首を傾げられたら頷かない訳にはいかないし、駄目と言ってもどうせ最終的には否が応でも連れて行かれるのである。だったら早く消化した方が良いに決まっている。


 私は早々に頷いてセルヴィと共に写真館へと移動したのだが、ここで私はセルヴィが吸血鬼だと言う事を思い出した。


「お、重い……」


 セルヴィに言われるがまま、中世のヨーロッパで着ていそうなドレスを引きずって試着室から出ると、そこには正に吸血鬼の衣装を着たセルヴィが立っていた。


 いつも束ねている髪を解くだけで雰囲気がガラリと変わったセルヴィを見て、私だけでなく写真館のスタッフ達まで固まっている。


「す、凄いのね」


 髪と目の色こそいつも通りだが、思わず私が声をかけるとセルヴィが薄く笑う。


「何が」


 冷たいとも思えるような口調にゾクリとしたけれど、セルヴィは呆気に取られてしまって動けない私の腰を引き寄せ、そのまま私の耳元で囁いた。


「絃ちゃん可愛い。首噛んでいい?」

「だ、だめ!」


 こんな所で何を言い出すのかと思っていると、あちこちからシャッターが切られた。ふと顔を上げると写真館のカメラマンでは無い人達まで写真を撮っている。


 セルヴィはそんな私に近づいてきて口の端を上げ意地悪に微笑むと、私の後ろに回り込んで私の腰をさらに引き寄せ、何故か片手で目隠しをしてきた。


 何をされるのか分からない私が驚いて固まっていると、首筋に生暖かくて柔らかい感触が落ちる。


「ひんっ!?」


 これは献血される時の感触だと気づいた次の瞬間、皆の前でカプッと首筋を噛まれたではないか。それと同時にまたあちこちから悲鳴とシャッター音が鳴り響く。


 その音が消えたと思ったらセルヴィはようやく私の体を離してすぐさま髪を束ね始めた。


「これ以上は危険だな。絃ちゃん、着替えてきて」

「う、うん」


 一体何がどう危険なのか分からないが、珍しく早口でそんな事を言うセルヴィに私は素直に頷いた。


 そそくさとその場を離れ、どんな写真を撮られたのかも分からないまま着替えて戻ると、セルヴィは皆から写真を受け取って一人ホクホクしている。


「ねぇ、どんな写真なの?」


 後ろからセルヴィのスマホを覗き込もうとしたが、セルヴィは画面の電源を落として振り返り微笑んだ。


「内緒。これは僕達の遺影にしよう。さて、次に行きましょうか、お嬢様」

「遺影って……」


 何やら縁起でも無い事を言いながら差し出されたセルヴィの手を取ると、そこにはさっきまでのあの妖艶なセルヴィはもうどこにも居ない。


 夢だったのかと思って目を擦っても、そこに立っているのはいつものセルヴィだ。


 それから私達は中庭に移動して屋台を巡った。


「お腹減ってきたね」


 ぽつりと言ってセルヴィを見上げた私はそこでハッとして口を噤んだ。


「どうしたの?」

「ま、まさかお弁当作って来てたりとか……」


 あの水筒事件を思い出した私が思わず尋ねると、セルヴィが苦笑いを浮かべる。


「流石に今日は作ってないよ。どれが食べたいの? 可愛くおねだりしてくれたら買ってあげる」

「!」


 それを聞いて私は辺りを見渡して見える範囲の屋台を全て指差す。


「そんなに食べられないでしょ。せめて焼きそばと唐揚げぐらいにしときなよ」


 呆れた様子でそんな事を言うセルヴィに頷いた私は、数分後にはホクホクしながらトンスケが居る秘密の場所で焼きそばのパックを開けていた。

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