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第39話『お嬢様のピンチ』

 そんな私達を見て早速トンスケが寄ってきて私の前に行儀よくおすわりする。


「トンスケはもう何か食べた?」

「びぁ」


 よく見るとトンスケのヒゲには何かの食べかすがついていて、思わず笑ってしまう。


 私はトンスケの前に衣を綺麗に剥がした唐揚げを置いてやると、トンスケは何の躊躇いもなくガツガツと鶏肉を食べ始める。


 私は念願の焼きそばのパックを開けて目を輝かせた。思わずゴクリと喉を鳴らした私を見てセルヴィが言う。


「美味しいからって走り出したり泣きださないでね」

「わ、分かってるってば! いただきます」


 そう言って焼きそばを口に含むと、私は無言でパックを下に置いてセルヴィの胸に頭突きしてそのままぐりぐりとおでこを擦り付ける。


 そんな私の反応にセルヴィは苦笑いしながら、私の髪を撫でて満更でも無さそうな声で言う。


「美味しい美味しい。良かったね、夢が一つ叶って。それにしても喜び方が独特だな」


 私はセルヴィの胸からおでこを離して本格的に焼きそばを食べ始めた。そんな私の隣でセルヴィはお好み焼きを食べている。


「ヴィー、それちょっとちょうだい」

「いいよ。交換ね」


 こうして私は念願の焼きそばとお好み焼きを食べて上機嫌だったのだが、ここでふと気がついた。この2つには青のりがたっぷりとかかっていた事を!


 急いで隣を見ると、何故かセルヴィの口元に青のりは一切ついていない。


 もしかして案外青のりはつかないのか? そう思って何気なくハンカチで口元を拭くと、そこにはびっしりと青のりがついているではないか!


 驚いて固まった私の反応を見てセルヴィが声もなく笑う。


「お手洗い行ってくる?」

「う、うん、そうする」


 それだけ言って私はそそくさと立ち上がってハンカチで口元を押さえたまま一番近くのお手洗いに向かっていると、誰かに呼び止められた。


 声がした方を向くと、そこには私が辞退した屋台の宣伝をセシルが自らしているではないか。


「香澄さん!」

「セシル先生。先生が自ら呼び込みをしているのですか?」


 口元をハンカチで押さえたまま私が尋ねると、セシルは苦笑いをして頷く。


「そうなんですよ。生徒たちに先生が行ったほうが客が来るからと言われまして」


 それはそうだろう。チュロス屋の客層はどう考えても女子である。その女子たちを釣り上げる為には見目麗しい男性が看板を持って呼び込みする方が良いに決まっている。


「そうだったんですね。お疲れ様です。それでは私はこれで——」


 そんな事よりも、とりあえず私は口についた青のりをどうにかすべきだ。


 セシルに頭を下げて歩き出そうとした私の腕を、セシルが掴んだ。何だろうと思って振り返ると、セシルが人好きのする笑みを浮かべて尋ねてくる。


「少しだけお手伝いしてもらえませんか? お礼はもちろんしますので」

「そうしたいのは山々なのですが、私少し急いでいまして……」

「そう言えばずっと口を押さえていますね。もしかして気分が悪いのですか?」

「え!? え、ええ、まぁ」


 流石に「口に青のりが」とは言えず曖昧に頷いた私を見てセシルは眉根を寄せてその場に居た生徒の一人に持っていた看板を渡し、突然私を抱え上げた。


「ひゃぁっ!」

「それはいけません。すぐに医務室に運びます」

「えっ!? だ、大丈夫! 大丈夫ですから!」


 青のりだから! 思わずそう叫びそうになったものの、セシルの顔は真剣だ。こんな顔を見てしまったら断る事も出来ずに私は大人しくセシルに医務室に運ばれる事になった。


 どうにかしてセルヴィに連絡を取らなくてはいけないと思いつつも、鞄は置いてきてしまったのでスマホもない。


 勝手に私がどこかへ行ったと知ったら、きっとセルヴィは怒るだろう。そして後から何をされるか分からない。


 あっという間に医務室にたどり着いた私はセシルに促されてベッドに横たえられそうになったので、医務室に居たスタッフに洗面台を借りたいと懇願し、うがいをさせてもらって事なきを得た。


 鏡でもうどこにも青のりがついていない事を確認すると、セシルの元に戻り頭を下げる。


「先生、うがいをすると気分が良くなりました。そろそろ私は戻ります。ありがとうございました」

「そうですか。それは良かった。けれど香澄さん、まだ顔色が悪いですよ。少し休んでいかれてはどうです?」


 その言葉に顔を上げた私は、セシルの顔を見て後ずさった。セシルの目が紅く輝いていたからだ。


「先生……も、吸……血鬼?」

「ああ、我慢出来ずに変身が解けてしまったようですね。ええ、そうですよ。私も吸血鬼です」


 そう言ってちらりと視線をベッドに移すので釣られたようにそちらを見ると、ついさっき私に洗面台を貸してくれたスタッフがベッドの上で恍惚の表情を浮かべて意識を失っている。


「っ!」

「眠っているだけですから安心してください。あまり上質な血ではありませんでしたが、さて……セルヴィ様のお気に入りはどんな味がするのでしょうか?」


 目を細めて薄く笑うセシルはセルヴィよりもはるかに獰猛そうに見えた。

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