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第42話『お世話係は悶える』

「そうなんだ。でもそれだったら普通の人間でも良くない?」

「嫌だよ。だってすぐ死んじゃうじゃん」

「それが嫌なの?」

「嫌なの。あとすぐ劣化するでしょ。でも完璧な嗜好生物はずっとその状態のまま一緒に居てくれる。だから大切にする甲斐がある」


 自信満々にそんな事を言うセルヴィに私はふぅんと鼻で返事をして「でも」と付け加えた。


「だったら恋人とかは? 同じ吸血鬼だったら劣化もしないだろうし、同じぐらい生きてくれると思うんだけど」


 セルヴィの事が気になり始めている私にとって、この答えはとても大切だ。


 もしもネガティブな答えであればそれですっぱりと諦める事が出来るのだから。


「同族? 同族がこんな事させる訳ないし、したいとも思わないよ。前にも言ったけど同族は僕が居なくても生きていけるし、おまけに隙を見せたら命狙ってくるんだから」

「命を狙われるの!? 恋人に!?」

「そうだよ。恋人だけじゃない。家族にもね。だから僕にはもう妹しか居ない」

「……えっと、それはその……」


 思わず言葉を濁した私はにセルヴィがにこりと笑った。


「言っておくけど、こちらから狙った事はないから。だから大半の奴らが吸血鬼の郷を出てそれぞれの場所で暮らすんだよ。よし出来た! うん、可愛い。やっぱり髪伸ばさせて正解だった!」


 そう言ってセルヴィは最後の仕上げとばかりに私の頭を撫でてくれたのだが、もしかしてこの髪の長さをキープするように指示を出していたのはセルヴィなのか?


 そう思いつつ私はセルヴィとお揃いの匂いに目を細めた。たとえセルヴィの愛情がペットに対する物だとしても、可愛がってくれている事には違いない。


「ありがとう、良い匂い。これヴィーと同じ匂いだよね?」


 サラサラになった髪を一房掴んで匂いを嗅ぎながら笑顔で振り返ると、セルヴィは一瞬目を丸くして背後から抱きついてくる。


「ほら! 同族は死んでもこんな事言わないよ! はぁ……癒やしだ……嗜好生物ヤバい……」

「……」


 まぁ、本気で違う種族だと割り切られているが。


 私は大きな欠伸をしてそのままセルヴィの太ももに頭を乗せた。


「こら、そこで寝ないで」

「寝ないもん」


 ちゃんと部屋に帰れるよ。そう言いたかったけれど、やはり睡魔には勝てなかったようで——。


「——嘘ばっかり。でもこういう所が可愛いんだって。ねぇ? 絃ちゃん」


 どこか遠い場所からそんな笑い声が聞こえた気がした。


              ◇


『絃ちゃん観察日誌・3


 とうとう絃ちゃんを狙う輩が現れた。今回は相手が家臣のセシルだったから良かったようなものの、このままではいつかもっと凶悪な同胞に襲われかねない。今まで以上に慎重にならなくては。


 そんな事よりも、これほど神経を尖らせて守ってきたというのに一体どこから情報が漏れたのだろうか。この近辺の吸血鬼の気配はセシルとスイしか存在していない。それなのに一体どこから? 


 それから最近の絃ちゃんが可愛すぎてヤバい。大学祭で僕からわざと離れようとした迷路で本気で迷って泣いていると思ったら、自分で選んだくせに僕を責めてきたり、お菓子欲しさに参加した体験型のイベントで肝心のお菓子を貰えなくて拗ねたり、極めつけはあのドレス姿! 


 うっかり人前で変身を解きそうになったし、吸血を始めてしまう所だった。もともと絃ちゃんは美少女だ。だから似合うだろうとは思っていたが、あのエキゾチックな美しさは吸血鬼にも無い。


 ……思い出して少し興奮してしまった。最後についさっきの事も忘れてはいけない。キスという単語は恥ずかしいくせに、どうしてあんな事は平気で言うのだろう? 僕とお揃いの匂いだなんて……あんな事を言われたら、それまでのワガママなど、どうでも良くなってしまうではないか!


 話は変わるが、もうじき絃ちゃんの里帰りだ。久しぶりの実家に絃ちゃんは喜ぶのだろうか』


 日に日に絃の存在が僕の中で大きくなってきている。その事に僕が気づいたのは、あの大学祭のあたりぐらいからだった。


 最初は理想の完璧な嗜好生物を手に入れたぐらいにしか思っていなかったけれど、やはりずっと世話をしていると愛着が湧く。


 僕は明日から夏休みが始まる絃の迎えに来ていた。暇つぶしに持ってきていた本も、こんな事ばかりを考えていて1ページも進んでいない。


 僕が思い描いていた嗜好生物との生活とは少し違う気がするが、よく考えれば幼かった頃からあの子は変わっていたのだ。絶対に手がかかるだろうとは思っていたけれど、僕が思っていたよりも何だか斜め上の方に手がかかる。


「ふふ。いつまで経っても可愛いままだな、絃ちゃんは」


 いつまで経ってもページが進まない本を顔の上に乗せて僕は笑いをこらえた。 厳しい香澄家で育った弊害なのかもしれないが、それにしたってもう少しぐらい自由を与えてやっても良かったのではないか? と思う程度には絃の周りは厳しかった。そしてその反動で今はああなってしまったのかと思うと面白い。


 その時、車の窓が軽くノックされた。絃だ! 


 本当はすぐに起き上がりたいのを堪えてわざと面倒そうに本を顔から下ろして体を起こすと、そこにはホッとしたような嬉しそうな笑顔を浮かべる絃が居た。


 毎日こんな顔をして僕の元にやってくる絃に、僕が愛着を持たない訳がなかった。


「おかえり、絃ちゃん」

「うん、ただいま」


 その言葉が、こんなやりとりがこんなにも嬉しいだなんて、本当にどうかしている。 


            ◇

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