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第43話『お嬢様の里帰り』

 長期休みが始まってすぐ、私は久しぶりに地元の土を踏みしめていた。 


 大きく深呼吸すると、都会とは違う草木の匂いが肺にダイレクトアタックしてくる。その新鮮さに思わず咽ると、隣に居たセルヴィが苦笑いを浮かべながら私の背中を撫でくれた。


「大丈夫?」

「大丈夫。久しぶりに生木の匂いを嗅いだから少し肺が驚いただけ」

「そんな事ある? 相変わらず変な絃ちゃん。まぁいいや。それじゃあ行こうか」


 そう言ってセルヴィがいつものように手を差し出してくるので、私はその手を何の違和感もなく取って歩き出した。すっかり調教済みの私だ。


 バスから下りると、そこには迎えの車が用意されていた。


 その車に乗り込んで久しぶりに実家の門をくぐった私は、出迎えてくれた使用人や両親を見て思わず涙ぐんでしまう。


「パパ……ママ……」


 思わず呟くと、二人はハッとした様子でこちらに駆け寄ってきてヒシッと私の体を抱きしめる。


「絃!」

「絃ちゃん!」

「パパ! ママ!」


 別にそこまで長い間が会わなかった訳ではなかったけれど、それでも私はこの二人にどうしても会いたかった。もちろん寂しかったのもあるが、セルヴィの事を共有出来るのは、今のところこの二人だけだからだ。


 ひとしきりお互いの無事を確かめあっていると、後ろからコホンと小さな咳払いが聞こえてきた。振り返るとそこにはセルヴィがこちらに笑顔を向けている。その笑顔の怖い事と言ったら。


「あ、えっと……パパ、ママ、この人は——」


 私がそこまで言いかけたその時、両親がセルヴィに向かって深々と頭を下げた。


「ハミルトン様、絃がお世話になっております。それからうちの事も」

「構わないよ。それに絃ちゃんは驚くほど手がかからないからそっちも心配しないで」


 そう言ってセルヴィはちらりと私を見てほくそ笑むが、その顔にはありありと『絃ちゃんほど手間のかかる嗜好生物は居ません』と書かれている。


 けれどそれを聞いて両親達はこぞって安心したように胸を撫で下ろし、次いで私を見下ろしてきた。


「絃、ちゃんとハミルトンさんの言う事を聞いているのか?」

「絃ちゃん、ご迷惑をおかけしたりしてない?」

「え、ええ」


 思わず声は上ずり両親の顔を直視する事が出来ないけれど、ここでは完璧なお嬢様でいなければならない。


 けれどセルヴィと居すぎたせいですっかりお嬢様の仮面を被るのが面倒になっている私は、目を泳がせてセルヴィを見た。


 するとセルヴィはそんな私の何がおかしいのか肩を震わせて笑いを堪えている。


 挨拶もそこそこに家に入ると、あっという間にあの頃の感情が蘇った。


 一人暮らしに憧れて、ジャンクフードとファストフードに夢を馳せた小・中・高校時代。


 あの頃はまさか自分がこんな事になるだなんて夢にも思っていなくて、私は毎日を夢の中で暮らしていたのだ。


 何だかそれを思うと切なくなるけれど、今は今で楽しい事もある。


 その後どこか緊張感のある夕飯を終えて自室に戻ると、一緒になってついてきていたセルヴィに尋ねた。


「そう言えばセルヴィはどの部屋に泊まるの?」


 この家には使っていない部屋がそこそこある。だからてっきりセルヴィはここに泊まるのだろうと思い込んでいたのだが。


「ん? いや、僕は自分の家に戻るけど」

「え? 家?」

「うん。言ったでしょ? 僕はコンビニでバイトしてたって。その時の家の家賃まだ払ってるからそこに帰るよ」

「ええ!?」


 まさかの発言に私は思わずお嬢様らしくない声を上げた。そんな私を見てセルヴィが目を細める。


「なに? 寂しいの?」

「そ、そりゃずっと一緒だったし……で、でもそうしたら供給はどうするの? 私が寝てから帰るとか?」

「まさか! ちゃんと毎日しに来るよ。それに君が寝るのはどうせ深夜でしょ。言っておくけど、うちと違ってここでは早寝早起きしないと駄目だよ? 服もちゃんとしたの選んで、お化粧だって——」

「分かってるってば! こう見えても私だってちょっと前までここに住んでたんだからね!」

「そうだった。それじゃあ絃ちゃん、今日のキスしとこうか」


 そう言ってセルヴィは目を光らせて私に一歩近づいてきた。そしてとてもナチュラルに私の腰を引いて半ば無理やり私の唇を塞いでくる。


「んんっ!」


 久しぶりの起きている時のキスに思わず私が体を強張らせると、そんな私の体をセルヴィがようやく放してくれた。


「はい、完了。久しぶりに眠り姫じゃなく、起きてる時にしたな。うん、やっぱりこういうのはちゃんと意識がある相手にする方が良いね」


 何か納得したように頷くセルヴィだが、悲しい事にそれまで怠かった体に力が漲る。やはり私はセルヴィからの供給という名のキスを毎日受けなければならないようだ。

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