けれどキスをする度に胸の中に疼くような感情が芽生えそうになる。その感情に気づきたくはないのに、私はただのセルヴィのゾンビでしか無いのに、もっとセルヴィとの関係の進展を望んでしまいそうになってしまう。
私はセルヴィから急いで離れると、セルヴィの背中を押して部屋から追い出した。
「あ、こら! まだ話しが——」
「早寝早起きするの! おやすみ!」
私はそれだけ言ってベッドに潜り込んだ。まだお風呂にも入っていないというのに。そんな私をからうようにドアの外からセルヴィの呆れたような笑い声が聞こえてくる。
「はいはい、おやすみ。でもお風呂にはちゃんと入ってね。でないと腐るよ!」
「腐る!?」
それを聞いて私は慌てて飛び起きて着替えを準備したのだった。
それから3日。私は久しぶりの実家を堪能……出来てはいなかった。あれほど楽しみにしていた実家での暮らしが、もう私の肌にすっかり合わなくなっていたのだ。
セルヴィは約束通り毎日うちにやってきては、キスだけして帰って行く。
この3日は両親とする話は大体が大学の話をしていて皆が意図的にセルヴィの事には触れなかったのだが、流石にそれは無理があると気づいたのは今日である。
夕食が終わるといつも香澄家では家族だけの会話の時間がある。この時間はどんな些細な事でも良いから報告をする時間なのだ。
私はこの時間を利用して、とうとうずっと気になっていた事を二人に尋ねた。
「ねぇパパ、ママ」
「どうした?」
「あのね、セルヴィの正体を知ってるって、ほんと?」
出来るだけ重くならないように尋ねると、パパが黙り込んで視線を伏せ、ママはそのまま固まってしまう。
「だから私をこの家から滅多に出さなかったの?」
セルヴィから私を守る為だったのか、それともセルヴィとの約束を守る為だったのか。私の質問にパパが重い口を開いた。
「そうだな……パパ達だって最初は信じられなかったんだ。あれは絃が7歳の時だ。彼が初めてうちにやってきたのは」
そう言ってパパがセルヴィとの出会いを語り出す。
「彼は突然ここへやって来たかと思ったら、自分を吸血鬼だと名乗り、それはおかしな契約書を持ってきてな、メンテナンスをするから絃に会わせろと言う」
「……あの日の事を私は一生忘れないわ。今まで人の道を外れた事なんて無かったのに、どうして私達がこんな目に遭うのかって」
ママはグスリと鼻をすすった。これはもう泣き出す一歩手前だ。
「契約書には絃が18歳になったら貰い受けるとあった。絃が今生きているのは、自分の血のおかげなのだと。最初はもちろん信じずにお前を彼に会わせなかったんだが……」
「絃ちゃんは覚えてないかしら? 7歳の時にもあなた一度死にかけているのよ」
「え!?」
それは初耳だが!? 思わず身を乗り出した私を見て両親は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「覚えていないか。ではハミルトンさんは本当に絃が18になるまで会わないし、記憶を残さないという約束を守ってくれていたのだな」
「ちょっと待ってちょうだい、パパ! どういう事なの!?」
「高熱が出たんだ。原因不明のな。すぐさま病院に運んだが、何の手立てもなかった。それどころか熱がどんどん上がってな。とうとう医者も匙を投げたんだが、そこにまたハミルトンさんが現れたんだ。『だから言ったのに。小さいうちはメンテナンスをしないと、ちゃんと馴染まないんだよ』と言って。何のことだか分からない俺達の前で、彼はお前の手の甲の痣にその、キ、キ、んん! をしたんだ」
そこまで言ってパパの顔が真っ赤になった。それを見て私もママも顔を真っ赤にする。どうやらやたらとキスという単語に反応してしまうのは血筋のようだ。
「そうしたらね、今度はみるみる間に熱が引いたのよ。そんな事が10歳の時と15歳の時にもあった。だから私達は観念したの。絃ちゃんは本当に吸血鬼に助けられたんだわって。だから今度は私達から彼に話を聞きに行ったのよ。そして全てを聞いた。あなたの身に起こった事も、これから起こる事も全て」
そこまで言ってママはとうとう涙を零す。私はただその話を拳を握りしめて聞いていた。両親にこんな顔をさせているのは私だ。そんな事も知らずに今までのうのうとファストフードやジャンクフードに思いを馳せていたのか。
そう考えると恥ずかしくて仕方ないし、居た堪れなくなってくる。
「……パパ、ママ……ごめんなさい」
思わず呟いた私を見て両親は揃って首を傾げた。
「私が勝手に会場から抜け出して池に落ちたりしなきゃ、きっとこんなこんな事にはなってなかったから……ごめんなさい」
視界が次第にボヤけだす。泣きたい訳ではないのに、両親のこんな悲痛な顔を見ていると勝手に涙が浮かんできてしまう。