「はは、何を言い出すかと思ったら。パパもママもとっくに心は決めている。それに彼は絃にとてもよくしてくれているんだろう?」
パパの言葉に私はハッとして顔を上げた。そんな私にママが自分のスマホを見せてくれる。
「彼は毎日ね、絃の食事と大学や家での事を私達に欠かさず教えてくれるの。この間は有名店のコーヒーを飲んでお腹を壊したんですって?」
「うっ……」
まさかの裏切りに思わず顔をしかめると、両親はそんな私を見て微笑む。
「社会勉強をさせようと思って飲ませましたが、合わなかったようですって書かれていたわ」
「そ、そうなの?」
「ええ」
その言葉を聞いて私はホッと息をついた。セルヴィは私がとんでもなく怠惰でファストフードに並々ならぬ執着を持っている事を、本当に黙ってくれているらしい。
「た、たまたま調子が悪かったの。セルヴィは私に色んな事を教えてくれるわ。だから今度は体調が万全な時にまた挑戦してみるつもり。私にとってもセルヴィの存在はとても有り難いの」
これは嘘じゃない。彼の嗜好生物という事を抜きにしても、私の生活にいつの間にかセルヴィの存在は欠かせなくなっている。
そんな私に両親は慈悲深い笑顔を浮かべて頷く。
そんな二人を見て私は立ち上がってまるで子どもの頃のように抱きついた。
「大好きだよ、パパ、ママ」
こんな娘で本当にごめんなさい。それでもずっと変わらずに愛してくれてありがとう。
そんな思いを込めて心の内を伝えると、両親も私を抱きしめ返してくれる。
「俺達もだ。たとえどんな未来が来ようとも、絃は俺達の大切な娘なんだから」
「そうよ。あなたが私達の娘だと言う事はこれからもずっと変わらないわ」
両親の言葉を聞きながら、私は無言で頷いて鼻をすすった。そんな私の背中を両親はいつまでも撫でてくれていた。
ところが——実家に戻って早一週間。
実家での生活は果たしてここまで過酷だっただろうか?
セルヴィに「私だってここで暮らしていたのだ!」と豪語したものの、私は朝から豪華すぎる朝食にそろそろ辟易していたし、朝の6時に部屋の花を替えに来てくれるメイドに起こされるのも、私が戻ってきたと聞いて毎日のように集まる親戚達にもそろそろ疲れ果てていた頃、私の元に嬉しい知らせが届いた。
「あのね! 明日、冴子と一緒に移動お化け屋敷に行く事になったの!」
私は冴子から届いたメッセージを、キスという名の供給をしに来ていたセルヴィに見せた。
セルヴィはそのメッセージを読んで首を傾げる。
「移動お化け屋敷? そんなのがこんな辺鄙な所に来るの?」
「そうなの! 本当は明後日からなんだけど、冴子の所の家が出資したみたいで明日、特別に先に入れてもらえるんだって!」
「ふぅん。ていうか絃ちゃんお化け好きだっけ?」
「ううん、嫌いだよ。でも……」
そう言って私は冴子から送られてきた移動式お化け屋敷と一緒にやってくる、キッチンカーのページを開く。
「これがね、食べたいなって。駄目?」
セルヴィについて最近一つ気付いた事がある。こうやって首を傾げて上目遣いでセルヴィを見上げてお願いをすると大抵の事は聞き入れてもらえるという事を。
「……ズルくない?」
案の定セルヴィはグッと声を詰まらせて私を抱きしめると、低い声で呟いた。
「ズルくないよ! おねだりする時は可愛くって言ったのセルヴィじゃん」
可愛いの定義がいまいちよく分からない私だが、こうすれば良いのだという事をネットで調べ尽くした結果である。そしてその攻略法はセルヴィにも漏れなく通用する。
セルヴィはそんな私を見下ろして苦虫を潰したような顔をすると渋々頷いた。
「僕もこっそりついていくよ。それでもいい?」
「うん!」
もちろんキッチンカーも嬉しいが、何よりも冴子に久しぶりに会える。それがとても嬉しかった。
翌日、私はセルヴィに持たされた着回しコーデメモを見ながらお洒落して、約束の時間よりもずっと早くに待ち合わせ場所に辿り着いた。
「今日はそれ選んだんだ? 可愛いね」
背後から聞き慣れた声がしてハッとして振り向くと、そこには伊達メガネをかけたカジュアルセルヴィがこちらを見下ろして立っている。
「セ、セル——!」
思わず叫びそうになった私の口をセルヴィが塞いだ。
「しー。絃ちゃんにこれ渡しとこうと思ってさ」
そう言って手渡されたのは紅い宝石がついたネックレスだ。
「なに? これ」
「僕の血から作ったネックレス。もしも君に何かあったらこれが僕に報せてくれる。だから絶対に無くさないようにね」
「分かった」
それを聞いて私は気を引き締めてそのネックレスをつけていると、正面から冴子がやってくるのが見える。