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第46話『お世話係の一芝居』

「絃ー! あんた来るの早く……だ、誰? その人」

「え?」


 冴子の言葉に私はハッとした。セルヴィの事を言っているのだろう。どうしよう? どうすれば良い!? 


 そう思った途端、セルヴィが何故か英語で「道案内ありがとう、可愛いお嬢さん」などと言ってくる。それを聞いて私は辿々しい英語で「どういたしまして」と答えると、セルヴィは私と冴子にお辞儀をして颯爽と去っていってしまった。


 セルヴィが立ち去ったのを見て冴子が頬を赤らめて駆け寄ってくる。


「すご! すっごい美形! あー! 私ももっと早くに来とけば良かったー!」

「え、えへ。ラッキー」


 上ずった声で答えると、冴子は特に疑問も抱かなかったように私のおでこを軽く弾いてくる。


「絃のくせに生意気だぞ!」

「えー! 道尋ねられるのは不可抗力だよ!」


 とりあえず話を合わせておこう。そうしよう。心の中でセルヴィにお礼を言いつつ立ち上がった私は、冴子に促されるがまま会場に入った。


 会場はまだプレオープンという事で周りには頑丈そうな柵が置いてあり、中にも関係者と思われる人たちしか居ない。


 あちこちに停められているキッチンカーもまだ営業している所はほとんど無くてガッカリしたものの、私の目当てだったキッチンカーは営業していた。


「冴子、私この時の為に朝食を抜いてきたんだよ!」


 言いながらキッチンカーを指差すと、冴子が苦笑いを浮かべる。


「いいの? あんなの食べたら香澄家の人たちに私、袋叩きにされたりしない?」

「しない! それに黙ってたら分からない!」


 ちゃんとセルヴィにも許可取った! その言葉は飲み込んでいそいそと財布を出すと、その手を冴子が止めた。


「今日はどこもタダだよ。これがあればね!」


 そう言って冴子が取り出したのは金色に光るチケットだ。そこにはしっかりとご優待券と書かれている。


「キッチンカーまでご優待なの!?」

「そうなの。私もビックリしたんだけどね。やっぱり外資系のイベントはやる事が違うわ」

「外資系なんだ?」

「そうだよ。どこからともなく市長が見つけてきて誘致したの。うちはそこに協賛しただけ。人気だから無理かもって思ってたんだけど、この日なら大丈夫って一週間前に連絡があって、急遽開催する事になったんだって」

「一週間前!? めちゃくちゃ急だね!?」


 驚く私に冴子も頷いた。こんな規模のイベントがたったの一週間で決まるなんて、普通ならありえない。


「南家の力凄いね……」

「いや、これはうちの力じゃなくてほとんどは市長のおかげなんだけどね」


 苦笑いしながらそんな事を言う冴子に私も笑顔で頷く。きっと市長はこの辺鄙な所に少しでも新しい風を吹かせたかったのだろう。


「そっか。それじゃあ今日は名一杯楽しまないとだね!」

「うん。そして宣伝してちょうだい。絃の裏グルメSNSで」

「そ、それは秘密なんだってば!」


 セルヴィにも言っていない私のSNSのアカウントには、馬鹿みたいに細かいジャンクフードとファストフードのレポが淡々と綴られている。そんな面白みもないアカウントだが、地味にフォロワーが増えているから不思議だ。


 久しぶりの冴子とのやりとりに、この一週間の間に感じていた息苦しさはすっかり消えている。


「さて! そろそろメインに行きましょうか!」


 念願のキッチンカーをはしごし終えた途端、冴子が言った。


「う、うん」


 私は目の前にそびえ立つ不気味なハリボテの洋館を見上げてゴクリと息を呑んだ。たったの一週間でよくぞここまで組み立てたものである。

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