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第47話『お嬢様、襲われる』

 洋館の元になったのは既に廃校になっている元小学校だ。そこに外観をつけただけでここまで不気味になるものかと感心してしまう。


「ちょ、ちょっと待って。心の準備するから」

「駄目。あんたそのセリフ何回目?」

「ろ、6回目」

「でしょ。もう駄目。許さない。私はここに入ってレポート書かないといけないの。この金チケの代償なんだからちゃんと協力して」

「……はい」


 既にポテトやらクレープを食べ尽くした後では嫌とは言えず、私は大人しく洋館の入口に冴子と向かった。


 洋館の入口には仰々しい衣装を着た案内人という名のスタッフが居て、この洋館について簡単に説明してくれる。


 この洋館は過去に凄惨な事件があって打ち捨てられた通称『吸血鬼の館』と呼ばれているそうで、今もその事件の名残が至るところに残っており、私達の役目はその名残を全てチェックしてこの洋館で何が起こったのかを調べるというものだった。


 どこまでも吸血鬼に縁のある私だが、今はもうお化けよりは吸血鬼の方が怖くない。


「面白そうだね。マーダーミステリーみたい! もしくは脱出ゲーム!」


 こういうのが大好きな冴子は喜んでいるが、果たして私にこの洋館の謎を解くことなど出来るのだろうか。


 そんな事を考えつつ案内人からこの洋館にまつわる登場人物と経歴、そして殺された人たちの名簿を渡され、洋館という名の懐かしい校舎を探索し始めた。


「最初はここね!」


 冴子が指さした部屋には黒い布がかかっているが、ふと上を見るとそこには1年2組と書かれている。何だかその光景がやけに親近感を湧かせた。


 最初の部屋で簡単な謎解きをした私達は、それからも指示通りに色んな部屋を回って謎解きをしたが、吸血鬼など一切出てこない。


「ねぇ冴子、これお化け屋敷じゃないよね?」

「うん、私も思った。これ、ただの参加型の謎解きゲームだね」


 冴子の言葉に私はホッとしていたのだが、どうやら思っていたお化け屋敷とは違うようだ。


 やがてゲームも中盤に差し掛かると、とうとう二手に分かれろという指示が出てきた。


「ふ、二手に分かれろとか言ってるんだけど!?」


 思わず私が冴子の腕を掴むと、冴子はそんな私を見下ろしてにっこりと微笑んだ。


「これお化け屋敷じゃないから大丈夫だって! で、どっち行きたい?」


 そう言って冴子が見せてきた探索場所には医務室保健室舞踏室音楽室とある。どちらもお化け屋敷のど定番みたいな場所だが、個人的には保健室の方が何となく怖い。


 私は音楽室を無言で指差すと、冴子は頷いてペンと紙を渡してきた。


「それじゃ、ここで解散ね! ちゃんとヒント持って出てきてよ!?」

「わ、分かった」


 冴子は怯える私とは違ってどうやら相当楽しんでいるようだ。そんな親友の気持ちに水を差すわけにはいかなくて、私は冴子と別れて音楽室へと向かった。


 音楽室は二階の廊下の突き当りにあり、校舎の中でも唯一の防音室になっている。


 私は音楽室の前までやってくると、まるで本物の舞踏会でも開かれそうな立派なハリボテがくっつけられたドアをゆっくりと開けた。


 中に入るとそこは他の部屋よりもずっと薄暗く、何故か不自然にピアノだけがライトアップされている。思わずそこへ近寄ると、鍵盤には何やら暗号のようなメモが貼り付けられていた。


「これがヒントなのかな」


 こういうのを自力で解くのは無理だと早々に諦めた私は、冴子から受け取った紙に鍵盤を丸写ししようとしたその時。


 背筋に何かゾクリとした感覚が走り、思わず私は振り返った。


 そこには暗闇の中に2つ、光る紅い何かが浮かび上がっている。それが誰かの目だと言う事に気づいたのは、それが次の瞬間にはグン! と凄い勢いで近寄ってきたからだ。


「ひっ!」


 叫び声を上げる間もなく私の体はピアノに押し付けられ、辺りに不協和音が鳴り響く。


「ようやく見つけたぞ、ハミルトンの奴隷」

「っ!?」


 その言葉を聞いて目の前の男が吸血鬼だと言う事に気づいたが、その時には既に私の体は両手を掴まれ完全に拘束されていて身動きすら取れないでいた。


「だ、誰よ!? セルヴィの知り合い!?」


 思わず叫ぶと、男が高らかに笑い出す。


「知り合い? そんな生易しい関係じゃない。俺はあいつに全てを奪われた。あの悪魔のような男にな!」

「奪われた?」

「そうだ! 地位も名誉も恋人でさえもな! だから今度は俺が奪ってやる。あいつの嗜好生物がどんな味なのかも知りたいしな」


 そう言って男は私の体を押さえつけたまま、首筋に顔を押し付けてくる。


「や、嫌だ! 放して! 放してってば! 助けて! 誰か! ヴィー!」


 セルヴィ以外の吸血鬼に吸血されるなんて絶対に嫌だ。


 けれど私がどれほど必死になって抵抗しても力一杯叫んでも、ここは音楽室だ。防音だけは抜かり無い。


 叫んでもがいている間にも、私の首筋に男の牙が突き刺さった。その瞬間、胸元で何かがパリンと砕ける音がする。


 ハッとして視線を胸元にやると、そこにはついさっきセルヴィに貰ったネックレスの宝石が見事に砕け散っていた。

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