そんな絃を見下ろして僕はいつものように触れようとして思いとどまる。
「触ったら汚れちゃうね、ごめん。ああ、でも絃ちゃんは今の僕を見てもどこでケチャップ被ったの!? とか言い出しかねないか」
何せシャツの襟についた赤いシミを見て口紅ではなくケチャップを連想したような少女だ。そんな訳ないのに!
そこまで考えて、でも、と思いとどまる。あれが血痕だと分かってからの絃はシミを見つける度に怯えていた。
それを思い出して他の病室で着替えていると、スイがやってくる。
「ここに居たのか。終わったぞ」
「ああ、助かった」
不意に治まったと思った怒りが湧いてくる。力を制御する指輪をしていても変身が解けてしまう程には。
絃は僕のだ。一生、僕だけの絃だ。どれだけ可愛がっても愛しても足りない。
僕だけの大切な——。
『絃ちゃんの観察日誌・4.5
……絃ちゃんが居なくなって困るのは僕だ。僕の方だったんだ。もしかしたら僕はいつの間にか絃ちゃんの命を握っているようで、逆に握られていたのかもしれない。
絃ちゃんが目の前から居なくなる日が怖い。痣の契約を戻せないまま、あのタブレットが無くなったら絃ちゃんはどうなる?
もう供給のキスをする必要も無いし、側に居る必要もない。絃ちゃんにとって僕の存在なんて何の意味も無くなってしまう。
それは嫌だ。それだけは絶対に嫌だ……』
◇
あれからどれぐらい眠っていたのか目を覚ますと、私の傍らに座った状態でベッドにうつ伏せになっているセルヴィがいた。
「……ヴィー?」
私が声をかけてセルヴィの肩を揺り動かすと、セルヴィは弾かれるように顔を上げて私をまじまじと覗き込んでくる。
「絃……絃ちゃん……」
「おはよう、ヴィー。お腹減った」
珍しく間抜けな顔をして私を見つめているセルヴィに私が笑いながら言うと、セルヴィはすぐさま立ち上がり慌てて病室を出ていく。
それと入れ違いにスイが病室に入ってきた。
「起きたか。具合はどうだ?」
「少しだけ、ぼーっとします」
体は動くし話すことも出来るけれど、体の中の何かが足りない感じがする。それを伝えるとスイは難しい顔をして頷く。
「そうか。やはり体が拒否しているか……ところで肝心のヴィーはどうした?」
「分からない。お腹減ったって言ったら部屋飛び出して——」
最後まで私が言い終える前に病室のドアが勢いよく開き、大量のコンビニ袋を抱えたセルヴィが飛び込んできた。
「絃ちゃん! どれが食べられそう!?」
そう言って私の膝の上に袋の中身をぶちまけたセルヴィに私は苦笑いを浮かべ、スイがうんざりしたような顔をする。
「お前は加減というものが分からないのか?」
セルヴィが買ってきた物は全部、私が今までにコンビニで気になると言っていた物ばかりだ。
セルヴィと過ごした時間なんてたかが知れている。ジャンクフードやファストフードに関しては意地悪ばかりされた気がするけれど、それでもセルヴィはちゃんと私の言った事や見ていた物を全て覚えていてくれたのか。こんな風に気にかけてくれていたのか。
「ありがとう、ヴィー。食べても良いの?」
いつものように小首を傾げて尋ねると、セルヴィは今にも泣き出しそうにその綺麗な顔を歪める。
「……もちろん!」
それを聞いて菓子パンを一つ手に取って笑顔を浮かべると、セルヴィはたったそれだけの事なのにまるで子どものように喜んだ。
そんなセルヴィを見てスイが大げさにため息を落とす。
「どっちがペットだか分からないな、これでは」
「うるさいな。用はもう済んだんだろ? さっさと出ていけ」
恥ずかしいのか冷たい声でそんな事を言うセルヴィにスイは大きなため息を落として病室を出ていく。
それを確認したセルヴィは、ようやく私を真っ直ぐに見つめて真顔で言った。
「絃ちゃん、君にとても大切な話をしないと」
「大切な……話?」
思わず齧ろうとしていたパンを下ろすと、セルヴィがそんな私に手を伸ばして優しく頬を撫でてくる。
「うん、大切な話。絃ちゃんはどこまで覚えてる?」
そう尋ねられて私はあの日の事を思い出していた。