けれど私を襲った男は言っていた。これで俺の役目は終わりだと。お前たちにはまだ始まりだ、とも。あれはどういう意味だったのだろうか。
「あとあまり派手に暴れるな。人目につきすぎなんだよ。処理班からクレームが入っていたぞ」
「結構な人間に見られていたか?」
「それはもう、盛大にな。あちこちと掛け合ってお化け屋敷のプロモーションだという事にしておいたが、とばっちりを受けた者たちの記憶を操作しなければならないあいつらの身にもなってやってくれ」
「悪かった。自分でも抑えられなかったんだ。あんなに自我を失ったのは生まれて初めてだよ」
薄ら笑いさえ浮かべていそうなセルヴィに私は思わずゴクリと息を呑んだ。二人はきっと、私を襲った吸血鬼の話をしているのだと気づいてしまったから。
どうやら犯人は既にあのタブレットになってしまったようだ。それを毎月飲むのかと思うと大分気が引けるが、死ぬよりはマシである。
「だからと言ってお前あれは——いや、いい。あれでこそセルヴィ・ハミルトンだと誰もが改めて思ったんじゃないか。実に狡猾でスムーズな狩りだった」
「それはどうもありがとう。そんな事よりも痣の書き換えの件について何か良い案はないか?」
「お前でも分からないのなら、俺にもわからん。何せ書き換えた本人が既に死亡してしまっている事例が無い。誰かさんのせいでな。このままでは絃は間違いなくタブレットが終わったら灰になる」
スイの言葉に私と何故かセルヴィが声を詰まらせる。
「……あれほど嗜好生物について勉強したのにまさかこんな落とし穴があるだなんて。かと言ってもう一度絃ちゃんを失血死寸前まで追い込むなんて絶対に嫌だし……どうしたら良いんだ……」
「嫌なのか? それしか恐らく方法はないぞ?」
「嫌に決まってるだろ! あんな事があってどれほど絃ちゃんが怖い思いをしたと思う!?」
「そうか? 元気そうだったが?」
「違う。あれは絃ちゃんの処世術だ。本当はすごく怖かったはずなんだ。でもあの子は昔からそういうのを上手く隠す。怖ければ怖いほど、辛ければ辛いほど平気な顔をするんだよ」
その言葉に私は固まった。どうやらセルヴィは思っていたよりもずっと私の事を気にかけ、見てくれていたようだ。多分、家族や友人よりもずっと。
「まるで野生の獣だな」
「おい、聞き捨てならないな。あんな可愛い野生の獣が居る訳ないだろ。そこらへんのと一緒にしてくれるな」
一段と低くなったセルヴィの声に私が慄くのと同時に、中からスイの呆れたような声が聞こえてくる。
「お前、絃の事で怒ると指輪を外さなくても変身が解けるのか」
「ああ、うん。最近全く我慢できないんだ」
スイの一言に落ち着いたのか、セルヴィの声も戻った。どうやらうっかり吸血鬼の姿に戻ってしまっていたらしい。
「困ったものだな。絃が死ななくて良かったよ、本当に」
全くスイの言う通りだ。別に自惚れるつもりもないが、セルヴィの私への執着はちょっと異常だ。
けれどそれぐらいセルヴィはあの時の私に救われたと思っているようだ。私がセルヴィを警戒しなかった。たったそれだけの事で。
「ところでスイ、そのお湯すでに冷めてないか?」
「ん? ああ、冷めたな。何に使うんだ? 突然やって来て湯が欲しいなどと」
「え? 絃ちゃんが生まれて初めてカップ麺に挑戦するんだ! 絶対に可愛い顔するから温め直してこい」
「はあ? 分かった。ちょっと待ってろ。ったく、あの天下のセルヴィ・ハミルトンがなぁ……」
そう言って二人が動く気配がしたので、私は急いで病室に戻ってベッドに転がった。お手洗いに行く途中だった事も忘れて。
そこへお湯を持ってセルヴィが戻って来ると、カップ麺にお湯を注ぎながらこちらを見もせずに言う。
「絃ちゃんは気配を消すのが下手だね。前の時も思ったけど」
「う……盗み聞きしてたの、バレてたの?」
「バレてないと思ってたの?」
「ううん……ごめんなさい」
前回に引き続き盗み聞きしていた事がすっかりバレていたようで、正直に謝った私を見てセルヴィが満足げに頷いた。