『絃ちゃん観察日誌・6
最近よく絃ちゃんの事を考える。構いたくて構いたくて仕方ない。
最近の絃ちゃんはどんどん可愛くなっていく。嗜好生物はいずれあなただけに懐くと文献に書いてあったけど、あれは本当かもしれない。
絃ちゃんはお嬢様を僕の前ではあまり演じなくなってきた。素の絃ちゃんは本当にありえないほど可愛い。だからかな。力の供給も出来ないのに無償にキスしたくなったり触りたくなるのは。今まで朝まで誰かと寝た事なんて無かったのに。
それに実家の食事よりも僕の食事が食べたいと言ってくれた事も嬉しかった。僕の愛情がちゃんと絃ちゃんに伝わっているみたいで。
絃ちゃんを嗜好生物にする為に色々と習得しておいて本当に良かったと、本気で思う。心の底からあの時の自分を褒めてやりたい』
僕はそこまで書いてスマホをしまった。
絃はまだ僕の隣で眠っている。明け方に目を覚ました時にはやたらと行儀良く寝ていたけれど、今はもうすっかり寝入っていて片足を僕に引っ掛けて寝ている。
規則正しく隣から聞こえてくる誰かの寝息を聞くなんて生まれて初めてだ。
少しだけ体を起こしてぐっすり眠る絃の顔を覗き込むと、何か良い夢でも見ているのか少しニヤけている。
「っふ!」
夢の中でも表情豊かな絃に思わず漏れた笑いを噛み殺してベッドから出ると、絃に布団をかけて部屋を後にした。
身だしなみを整えていつものようにエプロンをつけると、まずは今日の絃の衣装選びだ。
絃の部屋へ入ってクローゼットを開けると、そこには僕が買い与えた服がズラリと並んでいる。その全てを把握していたはずだったが、今日はその隅っこに小さな袋が置いてある事に気づいた。
「なんだ? これ」
袋を開けるとそこにはあのべビードールが入っている。タグすら切られていないので一度も着ていないのだろう。
「着なかったのか……」
気に入らなかったのか。そう思うと少し悲しかったが、ふと思いとどまる。
よくよく考えれば、病院でこれを着ていたら僕は見られないのにスイが見るなんて事になっていたかもしれない。それは絶対に嫌だ。
そう思った途端、うっかり変身が解けてしまう。
「こんな事で……」
その事にも驚いたが、その理由に自分が一番驚いてしまう。
今までの僕ならならきっと僕だけが見られない事に怒ったのだろうが、いま心に思い浮かんだのは、そんな絃の姿を誰にも見せたくないという思いだった。
一体自分の中で何が起こっているのだろう? どうしてこんな人間みたいな独占欲のような考え方をしてしまうのだろう?
おまけに今日など絃は僕の事を「自分の吸血鬼なのに」などと言った。あれは嫉妬という奴なのだろうか?
そしてそれを聞いて僕は嬉しくて堪らなかったのだ。懐き始めたからとかそういうのじゃない。何かもっと言葉に出来ない他の感情だった。
けれどその答えは出ない。何故なら、僕はその感情を知らなかったからだ。
僕はベビードールを袋に戻してキッチンに戻った。どうせ絃は昼まで起きては来ないだろうから、ゆっくりと彼女の好きな物を作ろう。
絃の喜ぶ顔が見たい。飼い主では無くなっても、絃は今も僕だけに懐いているのだから。
◇