何だかハードだった夏休みがようやく明け、大学で久しぶりに単調な講義を受けた後の昼休み。
「——と、言うわけだったのよ、トンスケ」
「びあぁ~」
「もうほんと大変だったんだから! おまけに飼い主がセルヴィじゃなくなっちゃったんだよ」
「びぁ」
相変わらずのぼっちっぷりを発揮していた私は、夏休みが明けても暇があればここに来ていた。相変わらずたった一人の友達はトンスケだけだ。悲しい。
トンスケは今日も私のお弁当箱を覗き込んできたが、自分が食べられそうな物が無いと分かるなりこちらにお尻を向けて座り込む。トンスケのこういう所がとてもはっきりしていて好きだ。
「そんな顔しないで、トンスケ。今日はね、セルヴィがトンスケ用のお弁当も持たせてくれたの。はい!」
そう言って差し出したのはトンスケ用のお弁当だ。ていうか、自分の眷属になった途端にこの高待遇。セルヴィは本当にペットには優しい。
蓋を開けてトンスケの前に弁当を置いてやると、トンスケはそれを見て分かりやすくご機嫌になるが、私はと言えばトンスケのお弁当を見てギョッとした。
「え、トンスケのとこのおかずハンバーグ入ってるじゃん! ササミのシソ巻きまである! なんで!? 私の所のおかずはひじきとほうれん草の和物と何かの揚げ物なのに!」
何だこの差は! 入れ間違えたんじゃないのか!?
そう思いつつトンスケの弁当箱にそっと箸を伸ばすと、容赦なく猫パンチが飛んできた。いつも弁当を分けているのにこの仕打ちである。
「びぁ!」
「ご、ごめん。でも一個ぐらいくれてもさ~ぁ?」
「びぁぁ!」
「あ、駄目なんだ。ちぇっ。良いもん。ひじきもほうれん草も美味しいもん」
私はご飯を食べながらふと思った。どうして私はこんな所でたった一人で猫のお弁当を羨ましがったりしているのだろう? 私、お嬢様だったはずなのに。
けれどそんな事を深く考えても仕方ない。
と、そこへ正面の木がガサガサと不自然に揺れた。その気配に思わず私はびくりとしたが、トンスケはまるで気にならないかのようにお弁当にがっついている。
という事はセルヴィか。そう思いながら昼食を続行していると、茂みの中から現れたのはセシルだった。
「ひっ!」
それに気づいて立ち上がりその場から逃げようとしたその時、セシルは私を無視してトンスケを見て目を輝かせた。
「ロールシャッハ!」
「びぁ?」
「ああ、こんな所に居たのですね!? 今日もおやつを持って——なんです、それ?」
セシルはトンスケが食べているお弁当を見るなり眉根を寄せた。そしてギロリと私を睨んでくる。
「これはあなたが? そのハンバーグ……まさか玉ねぎなど入っていないでしょうね!?」
物凄い剣幕で詰め寄ってくるセシルに私は急いで首を振った。
「え、いえ、これは——ていうか、ロールシャッハって誰ですか!?」
まさかとは思うがトンスケの事? 驚愕する私を見てセシルがクイっとメガネを押し上げて頷く。
「もちろんこの子ですよ。他に誰が居るのです?」
「ぇえ……? この子はトンスケですよ……」
その言葉に今度はセシルが驚愕に目を見開いた。
「トンスケ!? 一体誰がそんな知性の欠片もない名前をつけたのですか!?」
「……」
散々セルヴィにも馬鹿にされる私のセンスだが、そこまで言われる謂れはない。ましてやこいつは一度私を襲おうとしたのだから!
「い、行こ! トンスケ! この人の側に居たら人を襲う癖がついちゃうよ!」
そう言ってトンスケを抱き上げようとすると、向かいからセシルも同じように手を伸ばしてくる。
「ロールシャッハ、そんな危ない弁当など食べてはいけません。お腹を壊してしまいますよ。ほら、こちらにいらっしゃい。この女はもうセルヴィ様のお気に入りでもないようですし」
その時だ。今度は後ろで低木がガサガサと揺れた。今度は誰だ!? そう思って振り返ると、そこには薄ら笑いを浮かべたセルヴィがこちらを見下ろして立っている。
「僕が作ったんだけど、何か文句があるのか? あと、そのハンバーグには玉ねぎなど入れていない」
その声にセシルの手が止まった。そしてセルヴィの姿を確認するなり、片膝をついて深々と頭を下げる。