「これは失礼いたしました、セルヴィ様。まさかセルヴィ様が猫を眷属にされるなどとは思ってもおりませんでした。そこで私はこの高貴な猫に愛を込めてロールシャッハと名付けたのですが、よろしかったでしょうか?」
突然のセシルの変わり身に私はそっとトンスケを抱き寄せて後ずさると、そのままセルヴィの後ろに隠れた。
「ロールシャッハ? この猫に? 随分と大層な名前をつけたな。それに眷属の名前をいちいち僕に確認しなくて良い。ところでブチ、今日の弁当はどうだった?」
「ブチ!?」
「ブチィ!?」
セルヴィの言葉にセシルと私の言葉がぴたりと重なった。あまりにも……あまりにも適当すぎる! それならばまだロールシャッハの方が愛がある!
どうやらセシルもそう思ったようで、泣き出しそうな顔をしてセルヴィを見上げ、同情的な眼差しをトンスケに向け、最後に私を見て悲しげに視線を伏せる。
「くっ! ブ、ブチ、これが今日のおやつですよ」
「!」
折れた! セシルが折れた! さっきまであんなにも嫌味を言ってきたくせに! やはりセルヴィには逆らえないようだ。
そんなセシルを見てセルヴィは満足げに微笑みこちらを振り返って笑みを深めた。
「絃ちゃんは今日のお弁当は美味しかった?」
「えっ!? ええ、もちろんよ。けれどトンスケのお弁当にはふんだんにその、アレが入ってたじゃない?」
作ってくれるだけ有り難いのだが、それでも言いたい! 私も! 肉が食べたかった!
「アレ?」
「そう、アレよ」
セシルが居るのでいつもの調子で話せない私を見下ろしてセルヴィがおかしそうに微笑む。
「僕の前でだけ素を見せるって言うのも堪らないね。ところでセシル、お前まだ大学に居るのか」
セルヴィは私の肩を抱き寄せると、冷たい視線をセシルに注ぐ。
するとセシルはハッとしてもう一度頭を下げた。
「近々サシャ様がこちらへやって来るという情報を得たので、急いで長谷川を転任させ私が本採用になりました。勝手した事をどうぞ寛大な心でお許しください」
「サシャが? そんな話を僕は聞いていないが」
「恐れ多くもセルヴィ様には知らせるなと固く口止めされていましたので。申し訳ありません」
「あいつ、また黙って好き勝手しやがる。自分の仕事はもう終わったのか?」
セルヴィが小さな声で呟いたが、口調を荒らげ舌打ちしたのを私は聞き逃さなかった。
「ねぇセルヴィ、そのサシャという方は以前あなたが言っていた妹さん?」
そんな事よりもサシャという人物が気になって問いかけると、セシルが突然立ち上がって真正面から怒鳴りつけてきた。
「さっきから聞いていればあなた! セルヴィ様の眷属から外れたというのにその口の利き方! そもそも契約を書き換えられたというのに、どうして未だにセルヴィ様のお側に? 邪魔ですよ。ただの餌の分際で」
「うぐぅ」
それは確かにその通りなのだが、今セルヴィと離れ離れになるのは嫌だ。色んな意味で。
けれどそんなセシルの言葉の暴力から助けてくれたのはセルヴィだ。
「聞き捨てならないな。誰がただの餌だって?」
低く呻くような声が聞こえてハッとしてセルヴィを見ると、セルヴィの変身が解けかかってしまっていた。
そんなセルヴィを見てセシルはハッとしてセルヴィを見上げ、さらにその姿を見て驚いている。
「あ、痣が無いのにまだ寵愛されているのですか?」
「悪いか? 元々は僕の嗜好生物だ。一生捨てる気はないし痣の契約も戻す予定だ。痣が戻らなくても絃は僕の物。それはずっと変わらない」
「……何故そこまで……」
セシルの言葉にセルヴィの視線がさらに冷たくなる。
「お前に教える必要があるのか?」
「いえ……失礼致しました」
「それで、サシャはいつ来るんだ。まさか既に来ているのか?」
「いいえ。先に買い物と観光と滞在中の餌を探すと仰っていましたが」
餌。それは人間の事だと知っている私は複雑な気持ちになる。
また何か起こるのだろうか。それは嫌だ。またあんな事になったらどうしよう。
そんな事を考えていたその時、ふと私の肩を掴んでいたセルヴィが私の体を自分の方に引き寄せた。
「大丈夫。絃ちゃんに手出しはさせないから」
「……うん」
サシャというのがどんな人なのかは分からないが、セルヴィがそう言うのなら大丈夫なのだろう、きっと。
池ポチャした時も襲われた時もそうだったが、やっぱり私を助けてくれるのはいつだってセルヴィなのだ。
「セシル、サシャが到着したらすぐに知らせろ。いいな?」
「はい」
「それからこいつはブチだ」
「………………はい」
長い長い沈黙の後に苦渋の表情でセシルは頷く。私はセルヴィの後ろから顔を出して、そんなセシルを見て小さく舌を出しておいた。ざまぁみろ!