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第64話『お世話係は考える』

 セシルはそんな私をキッと睨んでくるが、そんなセシルを無視して食事を続ける。


「はい、絃ちゃんお茶」

「ありがとう。ねぇこれ何?」

「それはちくわ。新しいレシピ見つけたんだ。どう?」

「美味しい。ご飯がすすむわ」


 セルヴィからお茶を受け取っていつものように他愛もない話をしていると、少し離れた場所でトンスケにおやつをやっていたセシルが、とうとう我慢出来ないとでも言いたげに拳を震わせた。


「セルヴィ様! 一体どうしてしまったのです!? あのハミルトン家の当主が餌——いえ、人間に弁当だけでは飽き足らず、お茶の準備まで!? 一体どうなっているのですか! そんな手間のかかる嗜好生物など、さっさと誰かに譲渡してしまうべきです!」


 肩で息をしながらそんな事を叫ぶセシルは涙目だ。きっとセルヴィに並々ならぬ思いがあるのだろう。


 そんなセシルにセルヴィが面倒そうに答えた。


「煩いな。僕が誰に何をしようと僕の勝手だろ? それに譲渡だと? そんな事出来るわけない。そもそも絃ちゃんはこう見えて好き嫌いが多いんだ。それを食べさせる為に毎日の弁当に少しずつ細工しなくちゃいけないし、絃ちゃんは素材を殺す天才だからメイクだってしてやらないと。不器用だから髪だってちゃんと乾かせない。おまけにセンスも無いから服だって僕が選んで買ってやらないといけないんだぞ。何より放って置いたら毎日毎食ジャンクフードやらファストフード食べ漁るだろうから、そういう管理もきちんとしないといけない。こんな面倒な嗜好性物の面倒を、僕の他に誰が見られると言うんだ」

「ちょ、ちょっと!」


 待て待て待て。それは私への悪口ではないのか!


 私は慌ててセルヴィの口を塞いだ。放っておいたらまだまだ出てきそうである。


 案の定セシルは目を見開いて私を見つめ、次にセルヴィを見て愕然とするので、とりあえず愛想笑いを返しておく。


「な、何を笑っているのですか……あなた、餌や嗜好生物どころか知性のある生物としてどうなのですか!?」

「全くだ。けど僕はそれが良いんだよ。人の好みにとやかく文句言うな」


 私を庇うようにセルヴィはそう言ってついでに私の頭を撫でるが、セシルの言い分はもっともである。私だって最近はこのままではヤバいとひしひしと感じているのだ。


 いくらセルヴィがそのままで良いと言っても、流石にもう少し自立しなければならないという危機感がある。


 セシルはそれを聞いておでこを抑えると、芝居ががった様子でヨロリとよろめいて見せた。


「理解出来ない……全てを与えられたセルヴィ様は、自分とは真逆の存在に惹かれていると、そういう事なのでしょうか……?」

「そうだな。僕も今まで生きてきてここまで何も出来ない生物は初めて見たが、絃はとにかく素直だ。裏表も無く感情も豊か。それにずっと変わらない。そこが他の嗜好生物や餌とは全然違う」

「素直……ですか。ただ鈍感なだけなのでは? あなたにそんな事をさせる生物がこの世に存在するとは思ってもいませんでした。あなたが飼っていた餌は皆、あれほどあなたに従順だったではないですか」


 落胆したようなセシルの言葉にセルヴィは何かを考えるように視線を彷徨わせた。


「従順が必ずしも良いとは限らない。そういうのは大抵が裏の目的を隠している。厚かましくも僕と寝ようだとか、寵愛を受ける為に他者を傷つけたりだとか、そういうのはうんざりなんだよ。勝手に好きにやれば良い。僕を巻き込むな」

「ねぇ、セルヴィってもしかして昔は沢山の嗜好生物を飼ってたの?」


 だから今は私一人で良いとか言っていたのか?


 セルヴィの言葉に私が思わず口を開くと、セルヴィがこちらを振り返り何故か私の肩を掴んできたかと思ったら早口で話し出す。


「誤解だから。周りが勝手に僕に嗜好生物にしてみてはどうか? って餌を送りつけてきてただけだから。無視してたらそいつらが勝手にやり合って喧嘩しちゃっただけだから!」


 何故か必死に言い訳をするセルヴィにとりあえず私は頷いておいた。


「大変だったんだね、セルヴィも」

「うん、大変だったんだ。僕が欲しかったのは餌や嗜好生物そのものじゃなくて、理想の完璧な嗜好生物だからね。絃ちゃんみたいな」


 そう言ってセルヴィは甘く微笑んだ。その笑顔を向けられると弱い。


「そ、そう?」


 多分私の顔は耳まで赤くなっているに違いない。そんな私を見てセシルが言う。


「そんな顔をしてもセルヴィ様の目は騙せま——セルヴィ様!?」


 セシルの言葉など聞こえないかのように、セルヴィがおもむろに私を抱きしめてきた。これはいつものパターンだ。


「可愛い! ねぇ、だから何でこんな事でそんな真っ赤になるの!?」

「う、うるさいわね! 仕方ないでしょ! 恥ずかしいものは恥ずかしいのよ!」

「はぁ、可愛い。やっぱり絶対に絃ちゃんとお墓に入る! 早く痣の書き換えの方法を調べないと。お前は何か知らないか?」


 私を抱きしめたままセルヴィがセシルに問いかけると、セシルは引きつった表情のまま首を振る。

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