「……スイから聞きましたが、やはりもう一度失血死寸前まで追い込むしか無いのではないでしょうか。輸血前なら出来たのでしょうが、この娘は既にピンピンしてますし……」
「どういう意味? ねぇセルヴィ、輸血前なら痣の書き換えが出来たの?」
その言葉にセルヴィが固まったかと思うと、言いにくそうに視線を伏せる。
「……うん。あの時点で契約を確認しておけば良かったんだけど、まさか僕の嗜好生物だって分かっていて契約を書き換えられているとは思ってもいなかったんだ。その時点であいつは死を覚悟してたんじゃないかな」
「聞きましたよ。拷問めいた方法で血抜きをしたと」
「タブレットを作る為だ。仕方ないだろ」
淡々とセルヴィはそんな事を言うが、私はそれを聞いて戦慄していた。一体どんな方法であのタブレットを作ったというのか!
そんな怨念がこもっていそうな物をいつまでも持っていたくないし飲みたくない訳だが、きっとこの吸血鬼達にそんな事を言ってもナンセンスだと笑われて終わりなのだろう。
「ではやはり失血死寸前まで吸血するしかありません」
それは嫌だ。絶対に嫌だ! 私は思わずセルヴィの腕をギュっと掴んだ。
あの手足の先から冷えていく感覚が未だに忘れられない。助けを求めたいのに声も出ず、指先さえ動かす事が出来なかった。
そんな私を慰めるようにセルヴィがそっと私の手に自分の手を重ねてくる。
「その方法は駄目だ。それにこんな短期間でそんな事をしたら、組織が壊れてしまう」
「それはその通りですね。私も他の方法を探してみましょう」
「ああ、頼む」
「ええ。それでは失礼致します。ロール——ブチ、ではまた」
ロールシャッハと言いかけて慌ててブチと言い直したセシルが何だか可哀想だが、今はそれどころではない。
セシルが行ったのを確認した私は、セルヴィの胸元を掴んでぽつりと言う。
「ねぇセルヴィ……」
「なに?」
「私、またセルヴィの嗜好生物に戻れるよね?」
タブレットが無くなったら私は崩れる。それはセルヴィもスイも言っていた。
それは嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。あの一件以来、私はやっとセルヴィと共に生きる事を覚悟したというのに、人間の寿命でもなく、セルヴィの嗜好生物としてでも無く死ぬなんて、絶対に嫌だ。
私が相当に悲壮な顔をしていたのか、セルヴィがそっと私を抱き寄せた。それは今までの強引な抱きしめ方ではない。
「大丈夫。ちゃんと戻すから。絶対に方法を見つけるから」
「……うん」
こんなやりとりをして一ヶ月。
ある日、いつものように講義を受けようと席につくと、珍しく誰かが私の隣に座った。こんな事はあのセルヴィ以来初めてだ!
嬉しくなった私は筆記用具を鞄から出す振りをしてチラリと隣の席を見て息を呑む。
金に近いふわふわの長い髪に、紫水晶のような瞳、そして甘い顔、何よりもとんでもない美少女……何だか既視感が半端ない。この顔を私は毎日見ている気がする。そう思った瞬間、私は弾かれたように席を一つ空けた。
そんな私の行動を見て同級生たちの視線が一気に冷たくなるが、そんな事は言ってられない。私には命が懸かっている。
「兄貴が言ってたとおりだー。絃だよね?」
警戒心を剥き出しにしている私を見ても、美少女はビクともしなかった。この鋼の精神は間違いなくセルヴィの妹、サシャだ!
ていうか今思いっきり「兄貴」って言ってた。
「あ、あなたがサシャさん?」
「サシャでいいよ! しばらくお世話になるからよろしくね、絃」
そう言ってサシャは私に手を差し出してくる。これは掴むのが正解? それとも掴んで捻って逃げるのが正解?
良く分からないまま差し出された手を掴むと、サシャは嬉しそうにその手をブンブンと振って大口を開けて微笑んだ。美少女のこんな顔を見たことが無くて思わず面食らう私に、サシャは一つ席を詰めてくる。
「よ、よろしく」
何だか思っていたよりも友好的で思わず首を傾げたその瞬間。
「ねぇ、後で味見しても良い?」
耳元でゾッとするような甘い声で囁かれて、私はすぐさま首を横に振った。この強引さは間違いなくセルヴィの血族だ。
それから私は講義が終わるまでずっと、サシャから質問攻めにされていた。本来なら注意されそうなものだが、壇上を見るとセシルがハラハラした様子でこちらを見ている。
つまり、セシルはサシャにも逆らえないという事である。
それからサシャは講義が終わってもずーっと私の後をついて回ってきた。そんな私達を同級生たちは怪訝な顔をして見ていたが、結局——。
「……ただいま、セルヴィ」
全ての講義が終わってセルヴィの待つ駐車場に向かうと、セルヴィは私とサシャが並んでいるのを見て眉根を寄せた。
「……どういう事?」
「分かんない。何か、ずっと居る」
「ちょ! そんな人をお化けみたいに言わないでよね! ところで兄貴、久しぶり!」