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第66話『お世話係は疲れる』

 何がおかしいのかサシャは楽しそうに大口を開けて笑う。笑いのツボもセルヴィとよく似ているのかもしれない。


「久しぶりってお前……とりあえず乗って」


 セルヴィはそう言ってサシャを後部座席に誘導した。そして私を見て助手席のシートを無言で叩く。隣に座れという事だ。


「はー、疲れた! 人間の大学って超面倒」


 サシャは車に乗るなり履いていた靴を脱ぎ捨てて後部座席であぐらを組み、運転席と助手席の間から顔を出す。


 何と言うか、セルヴィとは顔も言動も良く似ているが、中身は全く似ていない。


「セシルは? 何の連絡も無かったけど」


 低い声でそんな事を言うセルヴィのご機嫌は超斜めだけど、やはり兄妹は違う。


「無視だよ、無視! だってあいつ鬱陶しいじゃん?」

「それはそうだけどお前、あいつぐらいしか嫁の貰い手ないぞ?」

「嘘だーそれじゃあ私も完璧な嗜好生物でも作って独身でいよっかなー」

「……僕に何かあったらどうする気だよ。ハミルトン家の次の後継者はもうお前しか居ないのに」


「兄貴に何かなんてある訳ないじゃん。てか、その時はもう大人しくハミルトン家は捨てよ! うん、それが良いよ」


 あまりにもざっくばらんにそんな事を言うサシャにセルヴィは口元を引きつらせている。何だか思ってたのと違う。


 私は縮こまりながらその後もセルヴィとサシャの口喧嘩(?)を聞いていたのだが、大通りに出た所でサシャが身を乗り出した。


「あ! 兄貴、悪いんだけど駅寄ってよ、駅!」

「駅? なんで」

「私の餌が到着予定なの! よろしく~」

「餌?」

「うん! こっちついてすぐに見つけたの。めっちゃ良い子なんだ~」


 ホクホクした様子でサシャはそう言ってスマホを弄り始めた。なんて自由なんだ。あまりにも奔放なサシャに驚きつつチラリとセルヴィを見ると、セルヴィは呆れたような顔をして言われた通り車を駅に向かわせる。


 何となくそんな行動にお兄ちゃん味を感じて思わず微笑ましくなってしまう。


 やがて駅に到着してしばらくすると、一人の私と同い年ぐらいの女の子がキョロキョロと辺りを見渡しているのが見えた。


「サシャ、もしかしてあの人?」


 私が声をかけると、サシャは窓の外を見て顔を輝かせ窓を全開にする。


「お~い! 深雪~! こっちこっち~!」


 すると深雪と呼ばれた少女がこちらを見てホッとしたように微笑んで小走りで駆け寄ってきた。大人しそうだけど可愛らしい人だ。


「遅れてしまってすみません、サシャ様」

「いいっていいって! 深雪もバイトお疲れ様だったね~」

「疲れてなんて……あ、こちらが噂の?」


 そう言って深雪はセルヴィと私を見てペコリと頭を下げる。それに釣られて私もお嬢様の仮面をしっかり被って頭を下げた。


「そういうのは後で良いので早く乗ってください」


 仮面を被ったのは私だけではない。セルヴィもだ。


 恐らく深雪に全く興味がないのだろうが、この人は全般的に人間に興味がない。


 セルヴィの言葉に深雪が気を悪くするのでは無いかとヒヤヒヤしていたが、当の本人は気にした様子もなく慌てて車に乗り込んだ。


 それを確認したセルヴィはゆっくり車を発車させながらサシャに問いかける。


「ところでお前、どこで下ろせばいいんだよ?」

「え? 兄貴んとこだけど?」

「は?」

「え!?」


 それを聞いて私とセルヴィは固まって互いの顔を見合わせた。それは困る。


 互いの顔に思いっきりそう書いてあったが、サシャはそんな私達を無視して話し続けた。


「だってまだ家決まってないんだも~ん。すぐ見つけるからそれまでお願い! 駄目?」

「駄目。ホテル取るかセシルのとこ行くかしろ」


 セルヴィの冷たい声にサシャが唇を尖らせたかと思うと、ちらりと私を見る。


「ケチー! ね、絃から兄貴にお願いしてみてよ!」

「何故!?」


 思わず素で驚いた私にサシャはまるでお世話係セルヴィのような笑みを浮かべて言う。


「だって絃の言う事なら兄貴は聞くってスイが教えてくれたんだもん! ね? お願い!」


 嫌だが!? ていうか、サシャ達が居たら一体私はどこで気を抜けば良いのだ!


 けれどここで断ったら心の狭い奴だと思われるのだろうか? それも嫌だ。


 出来るだけ人生に波風は立てたくないし、進んで誰かに嫌われる事もしたくない私は、横目でセルヴィを見てみた。


「なに?」


 もう怖い! 既に怒ってる! こうなったらセルヴィはもう何かを犠牲にしないと動いてはくれないという事を私はよく知っている。


 一体どんな交換条件を出されるのか分からなくて、私はゴクリと息を呑んで言う。


「い、家が見つかるまでぐらいなら、置いてあげても良いんじゃないかしら?」

「本気?」


 怪訝な顔をするセルヴィに私はお嬢様の仮面をがっつり被って咳払いをした。お嬢様はこんな事では動揺などしないのだ。寛大な心で迷子の子羊を受け入れてやるのがお嬢様の心得なのだから!


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