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第67話『お世話係の名案』

 そんな思いでセルヴィの答えを待っていると、セルヴィはしばらく考え込んでいたかと思うと、何を思ったか不敵に笑った。


「仕方ないな。その代わり部屋が無いから絃ちゃんは今日から僕の部屋ね」

「へっ!?」


 私が部屋を貸すの!? セルヴィの部屋ではなく!? 


 その言葉に愕然としていると、セルヴィは何故か楽しげだ。


「あ、あの! 対価として私の血を吸っていただいても構わないのでその、どうぞしばらくよろしくお願いします!」


 私達の話をそれまで黙って聞いていた深雪が突然そう言って頭を下げた。


 自らの体を対価として差し出すなんて、なんて出来たゾンビなのだろう! いや、まだゾンビにはされていないのか?


 それは分からないが、それを聞いてセルヴィは突然真顔になる。


「いえ、別にあなたからの対価はいりません。私は誰かと餌を共有する気はないので。で、サシャ、お前は一週間以内に部屋を見つける事。それが過ぎたら問答無用で追い出すからな」

「は~い。深雪、頑張って家探そうね!」

「はい!」

「で、絃ちゃんは帰ったら自分の荷物を僕の部屋に運ぶこと。分かった?」

「ええ、分かったわ」


 お嬢様らしく返事をした私を見て、セルヴィの目が細くなる。心の中では絶対に「必死になってお嬢様やってんなぁ」ぐらいに思っているのだろう、きっと。


 こうして、私達の奇妙な共同生活が始まったのだった。


 サシャ達が転がり込んできて早三日。


 私は今日もセルヴィのベッドで大の字で眠っている所をセルヴィに叩き起こされた。


「お嬢様、おはようございます。朝ですよ」


 私の布団を剥ぎ取ってこちらを見下ろすセルヴィの笑顔が怖い。


「お、おはよう。えっと……何かあった?」


 朝から何だか不機嫌なセルヴィに思わず問いかけると、セルヴィは大きなため息を落としてエプロンを外しながらベッドに腰掛ける。


「聞いてくれる? あのサシャの餌。僕の聖域を勝手に弄るんだ!」


 セルヴィの聖域。それはキッチンとお風呂場と洗濯場である。とにかく完璧主義のセルヴィにとってこの3つの場所は聖域にも等しく、勝手に弄るとそれはもう嫌味を言ってくるのだ。


 この間など、ちょっと気を利かせてシャンプーが無くなったから詰め替えようと思い詰替えをしてみたものの案の定こぼしてしまって、こっぴどく叱られてしまった。


「えっと、それはお手伝いしてくれてるんだよね?」

「そうなんだろうね。でも僕はそういうの本当にいらないんだよ! これだから気の利く女は嫌いなんだ! あの、やっておきました、みたいな顔がもう! もう!」


 気の利く所が嫌いだなんて変わった好みである。そんな事を考えていると、セルヴィはさらに続ける。


「その点、絃ちゃんは良いよ。本当に怠惰で何もしないからね」

「……それは褒めてるの? 貶してるの?」

「褒めてる。物凄く褒めてる。なかなか居ないよ。本当に何にも手伝わない子」

「……」


 やっぱり褒めてないっ! ていうか、手伝いたいけど手伝わせないんじゃないか! セルヴィが! 


 だから最近はセシルにまでチクチク嫌味を言われる始末である。


「言ったでしょ? 僕は絃ちゃんお身の回りの事は何でもしたいんだよ。でもそれをあの女が邪魔するっ」


 両手で顔を覆ってさめざめと泣く振りをするセルヴィが何だか新鮮で思わずその頭を撫でてやると、セルヴィが嬉しそうに顔を上げた。


「腹立つから吸血しても良い?」

「どういう理屈?」

「お菓子買ってあげるから」

「いいよ!」


 それを聞いて私は目を輝かせた。やはり献血は大事だ。セルヴィはいつまで経っても血色が良くならないから。


 秒で返事をした私を見てセルヴィが吹き出した。


「ねぇ、5歳の時から何も成長してないんだけど?」

「してるもん。あちこち大人になってる」

「そうかなぁ? まぁ可愛いから何でも良いけど」


 そう言ってセルヴィは私の体をベッドの上に押し倒すと、首筋にカプっと噛みついてくる。


 この感覚はいつまで経っても慣れない。何だか変な声が出そうになるので必死になって我慢しているが、いつか漏れてしまいそうで怖い。


 お菓子一つと引き換えに朝っぱらから吸血された私が着替えてリビングへと向かうと、そこには先に戻っていたセルヴィの隣でお手伝いをする深雪が居る。


 ちなみにサシャはそんな光景をニコニコしながら席について見ていた。


「おはよう」


 あくまでもお嬢様らしく威厳たっぷりに言うと、サシャはこちらを見て顔を輝かせる。


「おはよう、絃! ここ座って! 髪編んであげる!」

「え!? え、ええ、ありがとう」


 何だかよく分からないけれど、言われるがままに席につくとサシャが立ち上がって私の後ろに回り込んだ。


 するとそれを見てセルヴィがキッチンから出てきてサシャの手首を掴む。


「おい、それは僕がする。絃に構うな」

「ちょっとぐらい良いじゃん、減るもんじゃなし。深雪構ってもいいからさ!」

「いらない。知ってるだろ? 僕は誰かと餌の共有をするのは嫌いだ。あんまりしつこくするなら今すぐ叩き出すぞ」


 低い声でサシャを睨みつけたセルヴィの目がじわりと紅くなる。それを見てサシャはすぐさま手を引っ込めて大人しく席につく。

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