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第119話

 セシル自慢のプライベートジェット機を持ってしても、吸血鬼の郷に辿り着くにはそれなりに時間がかかった。


 その間セルヴィがどんな状態になっているのかが分からず、私は一分おきにスイから何か連絡がないかスマホを何度も何度も確かめていた。


「絃、何か食べないと」

「いい、大丈夫。サシャも休んで」


 そう言って私はバッグの中から鉄分サプリを取り出すと、それを口に放り込んで水で流し込んだ。郷に到着したらまず一番にすべき事。それはセルヴィへの献血だ。


 サプリだけを飲んでまたスマホを両手で握りしめる私を見て、サシャとセシルがため息を落とすのが聞こえる。


「兄貴は大丈夫だよ、絃」

「そうですよ。セルヴィ様がそんな簡単にどうにかなる訳ないでしょう?」

「……」


 二人は私を慰めようとしてくれているのだろう。


 けれど私には分かるのだ。セルヴィはがなり危険な状態で居るという事が。


 何故ならあのセルヴィが、私に心配をかけないようにと嘘をついてきたセルヴィが、スイにあんな文面を打たせるとは思えない。


 だとしたら考えられる理由は一つだ。スイが勝手にあんな文面を私に寄越した。それしか考えられない。という事は、必然的にセルヴィにはもう意識すら無い可能性がある。


 セルヴィはいつだって強くて弱っている姿なんてただの一度も見たことがない。そんなセルヴィが、まさかダンピールにやられるなんて思ってもいなかった。


「どうして……ヴィーが負けるなんて……」


 あれほど吸血鬼の中でも群を抜いて力が強いと言われていたセルヴィが、何故?  


 ぽつりと呟いた声を拾ったのはセシルだ。


「これはセルヴィ様の名誉の為に黙っておこうかと思っていたのですが」


 そんな前置きをしてセシルが視線を伏せて静かに話し始めた。


 サシャも私と同じような顔をしてセシルを睨みつけている。どうやらサシャですら一体何が起こったのかまでは知らないようだ。


「別ルートから入った情報です。事故が起こった日の午後、ダンピールを捕まえる為の会議中にセルヴィ様宛の荷物が届いたそうなのです。その中身は血液タブレットだったようで、セルヴィ様はそれを見た途端に青ざめて城を飛び出し、停めてあった車に乗り込んでエンジンをかけた途端、車が大爆発を起こした、と」

「血液……タブレットって……」


 私はそれを聞いてポケットの中に常に入れている血液タブレットに触れた。そんな仕草を見てセシルが頷く。


「用意周到なダンピールです。セルヴィ様の元に届いたのは、あなたが持っている物と同じ吸血鬼のタブレットだったそうですよ」

「っっ」


 それを聞いて私はスマホを落とした。カツンと軽い音を立てたスマホは、そのまま機体の後ろの方に流れていく。


「つまりどういう事? 兄貴はそのタブレットを絃の物だと思い込んだと、そういう事?」

「ええ、信じられませんが。あの冷静な方がどうしてそんなミスを犯したのか、私には何一つ理解出来ません」


 落胆したような、何か大事な物を失ったかのようなセシルの声に、サシャがとうとう涙を浮かべる。


「私は、私には理解出来るわ……絃が居なくなるって、そう思ったのよ。そうしたら居ても経ってもいられなくなった。ただそれだけ。冷静さなんて興味が無いから保てるの。興味がないから……」


 サシャにも身に覚えがあるのか、それだけ言って席を立つと後ろの方へと移動していく。いつも優雅で尊大なサシャの後ろ姿が、今だけはとても小さくて儚げに見えた。


「それでセルヴィの今の状態は……」


 どうにかそれだけ言うと、セシルは首を横に振る。


「どうやらこの事については箝口令が敷かれているようです。何せハミルトン家の主が巻き込まれたのですから、当然でしょう。今は郷も混乱状態で、色んな噂が飛び交っているようです」

「箝口令? セルヴィの事故でそんな事になるの?」


 今までずっと感じていた違和感に私は首を傾げた。吸血鬼と人間のルールが違うように、政治に関してもきっと違うのだろうとは思っていたが、箝口令が敷かれる程の地位にセルヴィは居るという事なのだろうか。


 私の言葉にセシルは大きなため息を落として私にチラリと視線を移すと、やれやれという様子で諦めたように首を振った。


「私は人間の吸血鬼に関する知識がここまで浅いとは思ってもいませんでした。まぁ種族ごとその存在を隠されているのですから仕方のない事かもしれませんが、セルヴィ様は言い方を変えれば吸血鬼の王です。一国の王が計略にかけられ瀕死だと言えば、あなたにも事の重大さが分かりますか?」


 セシルの言葉を聞いて私はとうとう叫んだ。


「お……王様!? セルヴィが!?」


 そんな事をセルヴィはただの一言も言っていなかった。地位が高いのだろう、ぐらいに思っていたのだが、まさかそこまでとは思ってもいなかったのだ。

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