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第121話

 私達は顔を見合わせて屋敷の中に足を踏み入れた。屋敷の中はシンとしているけれど明るく、穏やかな風が頬を撫でていく。


 スイがある部屋の前で立ち止まった。そして振り向いて問いかけてくる。


「ヴィーは事故後、誰の血も受け付けなかったせいで損傷がかなり激しい。それでも会うか?」


 その問いかけに私は一瞬迷ってしまったけれど、自分が襲われた時セルヴィは片時も私から離れなかった事を思い出して頷くと、サシャとセシルはスイの言葉を聞いて何かを諦めたかのように首を振った。


「二人は……会わないの?」

「ええ。吸血鬼の最後は、誰にも会わないのが決まりなの」

「そうですよ。二ヶ月もの間吸血もされず損傷し続けたのであれば、もう自力で吸血する事すら出来ないと思います。突然の輸血も受け付けないでしょう。であれば、後はもうその時を待つのみです」


 静かな二人の声に私は思わず息を呑んだ。


 この二人は既にセルヴィの死を覚悟しているというのか! そんな事はさせない。それじゃあ何の為にここへやってきたのか分からない!


 そんな思いを込めてスイを見上げたが、スイもまた二人と同じような顔をして視線を伏せていた。


「会います! 私は会います! 誰が何と言おうとも、私はセルヴィを諦めないっ!」

「びあぁ!」


 ドアの前に佇む三人を置いて私とトンスケはスイを避けて部屋のドアを開いた。


 そして中の光景を見て息を呑む。


 真っ白なシーツの上で、セルヴィはただ眠っているように見えた。


 けれど自慢の美しい顔は大きな傷がつき酷い火傷になっている。髪も長めのショートカットぐらいの短さになってしまっているし、身体はあちこち化膿していた。そのせいで服を着せる事すら出来ないのだろう。何もかけられていない上半身はあまりにも痛々しい。


「ヴィー……」


 恐る恐るセルヴィに近寄ると、あまりにも無惨なその姿に私は呆然としてしまう。その時、セルヴィの口が微かに動いた。


 もう声すら出せないのか、よく見るとその唇は確かに「いと」と動いている。セルヴィは何度も何度も私の名を呼び続けていた。


 私はそんなセルヴィの頬に手を伸ばすと、そのおでこに、頬に、瞼にキスをする。はしたない。普段の私なら絶対にそんな事はしない。


 けれど今は普段の状態じゃない。私は、セルヴィを助けるためにここへ来たのだ。


「ヴィー、今度は私が助けるよ。あなたがくれた物、全部返すからね」


 セシルは言った。セルヴィはもう自力では吸血が出来ないと。それに直接身体に血液を取り込む輸血という手段も取れないと。


 ではどうすれば良いというのだ! このままではセルヴィは本当に皆が言ったように灰になってしまう。


 私は考えた。どうにかしてセルヴィに血を摂取させる方法を。


 そして思いついたのは——。


「っっ!!!」


 セルヴィの枕元にはスイが処置に使っていたであろうメスが沢山置いてあった。その一本を取り、目をつむって思い切り舌を傷つけたのだ。


 するとそこから一気に血が溢れ出す。それを無理やり眠るセルヴィの口の中に突っ込んだ。いつもセルヴィがしてくる大人のキスのように可愛いものじゃないし、美しくもない。おまけに痛い。めちゃくちゃ痛い。


 けれどこれしか方法が思いつかなかったのだ。後から考えれば指先を傷つけても良かったのでは、とも思ったが、この時はそこまで考える余裕もなかった。


 私がセルヴィの嗜好生物だった時、セルヴィからの供給はいつも効果てきめんだった。キスされた瞬間に身体の中から力が湧いてくるような感覚に、最初は恐れ慄いたものだ。


 それが今、正にセルヴィに起こっていた。私は痛みに痙攣する舌を歯で抑えながらセルヴィを凝視していたが、次第に頬の傷が徐々に薄くなっていく。


 それからどれぐらい私はセルヴィの口の中に舌を突っ込んでいたのだろうか。痛みが増して唇まで麻痺してきだした頃、セルヴィの顔の傷はすっかり消えていた。


 血が止まりそうになると舌を噛んで血を絞り出してを繰り返し、セルヴィに血を注ぎ続けていると不意に私の手を力なくセルヴィが掴んだ。


「っ!」


 突然の事に驚いてセルヴィを見るとセルヴィと視線がかちあった。セルヴィも私を見て驚いたように目を見開き、唇を動かそうとする。


 それに気づいた私は急いでセルヴィの唇から舌を引き抜くと、髪をかきあげてセルヴィの口元に首筋を持っていった。


 するとセルヴィの喉がゴクリと鳴り、私はそのままセルヴィに抱きかかえられるようにベッドに引きずり込まれる。


「んっ」


 懐かしい首に噛みつかれる感覚に思わず声を漏らすと、セルヴィの喉から微かに血を飲む音が聞こえてきて、ようやく私は安堵の息をつくことができたのだった。


 ホッとして名前を呼びたかったけれど、あいにく舌が動かない。


 一応嗜好生物の端くれなので回復は早いのだろうが、血を吸われているからか、いつもの様には回復しなかった。

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