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第124話

 私はまだ吸血鬼の郷に居る。その理由はセルヴィがまだ帰る事が出来ないからだ。


 これ以上ここに居ても私は役立たずだろうと思い先に帰ろうと思ったのだが、セルヴィがそれを許さなかった。自分が爆発に巻き込まれた事を思い出すのか、片付くまで点検した乗り物以外に乗るな、などと言い出したのだ。


 そんなセルヴィはまだスイの元で静養している。


 丁度良い機会なのでロアをあぶり出す為にこのままセルヴィが灰になったという噂を流してはどうか、とセシルが提案し、セルヴィはそれに乗ったのだが。


「絃ちゃん、今日はどこを案内しよっか」

「だ、駄目だよ! 生きてるってバレちゃったらどうするの!?」

「バレないバレない! ほら、今日もこれつけるから」


 そう言ってセルヴィが取り出したのは顔の半分が覆える仮面だ。それを付けても、顔の半分を隠した事でよりセルヴィの美しさが際立つ。


「だ、駄目だって! バレバレだよ!」

「嘘だー。顔も見えないし髪も短いし大丈夫大丈夫」


 すっかり元気になったセルヴィはあれから毎日この調子である。


「おい、ヴィー。あまり調子に乗るな」

「少し街に出るぐらい良いだろ」

「俺の親戚に今のお前のようなチャラついた奴は居ない。俺の親戚を名乗るのであればもう少し大人しくしていてくれ。あと一応、郷は今お前の死を悼んで喪に服してるんだ。それを忘れるな」


 スイは連日の騒動を思い出したのか顔をしかめた。


 つい先日、私はセルヴィの甘言に乗ってのこのこと街に繰り出したのだが、そこでセルヴィはまるで日本に居る時のように私に接したのだ。


 それを見て周りはドン引きしていた訳だが、その振る舞いに誰一人としてこの仮面の男がセルヴィだと気付く人はいなかった。


「うるさいな。皆が知るセルヴィ様は残念な事に灰になってしまった。彼が溺愛していた嗜好生物は、生前交友があったスイの親戚のヴィンセントに譲渡された。そいつはセルヴィ様とは似ても似つかない、チャラい奴。なかなか素晴らしい設定だと思うけど」

「どこがだ。俺の身内という設定で遊ぶな。だがまぁ、お前と絃とのやりとりを見ている限り、誰もお前がセルヴィだとは気づかない。その一点だけは同意する」

「だろ? それにヴィンセントは元々謎の多い奴で通ってた。今更おかしな評判が増えたぐらいでどうにもならないだろ」

「ヴィンセントさんって、そんな変な人なの?」


 誰だか知らないが、人様に迷惑をかけるのは止めておいた方が良いと思うのだが……。


 私の質問にセルヴィが肩を竦める。その隣でスイが呆れたような顔をしていた。


「ヴィンセントというのは、元々セルヴィの偽名なんだ。昔負った事故のせいで出来た顔の痣が消えないへなちょこヴィンセント、だったか?」

「そう。吸血鬼の血が薄くて顔の傷が消えないから吸血鬼の中では下っ端中の下っ端っていう設定で、僕はいつも街を見て回ってたんだよ」

「そうだったんだ。王様ってやっぱり大変なんだね」


 何気なく言うと、セルヴィが声を低くして眉根を寄せた。


「誰に聞いた?」

「え? セシル先生だよ。聞いちゃいけない事だったの?」

「いや——僕はあんまり王様って柄じゃないからさ」


 苦笑いを浮かべてそんな事を言うセルヴィにさらに首を傾げると、そんな私の反応を見てセルヴィが肩を竦めた。


「そうかな? 別に今更セルヴィが王様だったって知ってもそんなに驚かないけどな」


 セルヴィの不遜で偉そうな態度を見ればむしろ王様だと言われた方が納得する。そんな私にセルヴィは目を見張る。


「そうなの?」

「うん。そんな事よりも今日もどこか行くのなら、昨日の屋台に売ってた焼き鳥みたいなの食べてみたい。献血のおやつまだ食べてないもん」


 私にとってはセルヴィが吸血鬼の王様だろうが何だろうが関係ない。そもそも私の国の王様では無いし、何よりも私はセルヴィのペットだ。


 何気なく言うと、セルヴィが今度は顔を輝かせる。


「行こう! すぐ行こう! じゃあな、スイ」

「あ、こら!」


 スイが止めるのも聞かずにセルヴィは仮面をつけて私の手を引き車に乗り込んだ。


 まだ吸血鬼の郷での滞在時間はさほど長くないが、あれから毎日セルヴィに連れ回されていてすっかり道を覚えてしまった私だ。


「あそこのスイーツ屋さんは何が売ってるの?」

「知らないなぁ。後で寄ってみようか」

「うん!」


 ついつい呑気に観光気分でいるが、スイの言う通り今は皆が暗い顔をしている。セルヴィはこう見えて良い王だったのだろう。

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