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05


2124/4/1

 今日から新しい病院で勤務だ。東京は都会で慣れないことばかりだけれど、患者を第一に、気張っていこうと思う。


2125/4/1

 緩和ケア病棟への配属が正式に決まった。今まで一人一人の患者に丁寧に接してきたことが、今回の辞令に繋がったらしい。おそらく、栄転のようだ。

 とりあえず、期待には応えなければ。


2128/3/12

 安楽死を、望む患者がいた。

 私は、それを、行ってしまった。

 分かっている。法令には違反している。私は捕まるべきだ。犯罪者だ。


 けれども、患者の命を最優先した結果なのであれば、誰も責めることはできないのではないか。


 そうだ、私はよく検討した。患者の意思はフラットな状態で何度も確認したし、代替措置もない。苦痛はこれ以上減らすことができず悪化していく一方であり、治る見込みは、無い。


 そう、全ては患者のために行ったことだ。


2128/3/16

 そうだ、私は間違っていない。


2128/5/21

 今日、安楽死させた患者に、同意を三度取るのを忘れてしまった。

 まあ、一度同意を取ったなら構わないだろう。意思はそう変わらないはずだ。


2129/1/6

 今日の患者は、意識不明の重体だった。だが、家族の同意があったため安楽死させた。


 あの病状では、助かる確率は10%にも満たない。それに、ベッドに横たわる患者の息遣いに苦しみを感じた。


 助けなければ。

 助けて、やりたい。


 その一番確実な方法は、死によってその苦しみを取り除くことではないか。


2132/6/5

 今日、私に声をかければ安楽死させてくれるらしい、という噂が緩和ケア病棟で広まっている、と院長に呼び出された。


 私は、笑顔で否定した。


 声をかけられただけで、安楽死させてやるつもりはない。きちんと私が病状を確認して、私がするべきだと思ったら、安楽死をさせてやるのだ。


 そう、全ては患者のために。


2135/12/22

 全ては、患者のために。



2158/1/8

 今日、高校時代の友人だった染谷君に会った。彼は今、中枢の官僚であり、次期総理大臣の補佐をしていると言うから驚いた。

 そんな彼から、「中毒者病棟」の話を聞いた。何でも、社会生活を営むうえで到底尊重できないような思想・性癖を持つ者を「中毒者」として隔離するらしい。

 私は大いに興味を持った。要するに、「中毒者」は一種の精神病なわけだ。緩和ケアの専門家として長く勤務しているが、精神科にも興味があって知識は集めていた。私なら、「中毒者」を治療して社会復帰させられる、そう思った。

 その旨を伝えると、染谷君は検討してくれると言っていた。色良い返事を願う。


2160/10/15

 あれから染谷くんとは定期的に連絡を取っている。

 この前は「人を殺したい」という欲望を抑えられない女性のカウンセリングを行った。目の前に座る私を殺そうとする彼女と話をするのは大変だった。


 最終的に、私は彼女を「中毒者」と判定した。・・・・・・染谷くんを通して、政府から彼女を中毒者と判定するようにとの命令が来てはいた。結果的に同じ判定を下したが、私は私の意思に従って判断する。それは変わらない。


2161/4/20

 あれから何件も中毒者の判定をしているが、中毒者をカウンセリングして社会復帰させる、という仕事はまだ来ていない。

 染谷くんを急かさなければ。

 全ては、患者のために。


2161/5/25

 とうとう、中毒者の治療のための身分が与えられた! 「心理研究員」というらしい。染谷くんが人脈を駆使して作ったものだと聞いた。

 しばらくは緩和ケアも兼業するが、軸足はこちらに移していこうと思う。


2161/7/30

 中毒者は、やはり手強い。ちょっとやそっとでは彼らの信条を変えることはできない。

 しかし、そこが逆に良い。すぐ死のうとする緩和ケアの患者の安楽死より、なかなか意見を聞き入れない患者の更生のほうが、張り合いがある。

 やはりこれは、私の天職だ。

 全ては、患者のために。


2161/10/22

 全ては、患者のために。







2162/6/1

 何が、間違っていたのだろう。

 いや、私は何も悪くない。

 悪くないんだ。


 全て、患者のために行ったことなのだから。


2162/10/31

 真っ白な部屋の中に、ずっと一人。

 気が変になりそうだ。


 私は、今まで何をやっていたのだろう。


 なにを、すればいいのだろう。


2162/11/6

 もう、なにもわからない。


2162/12/31

 もうこの手帳も終わる。

 捨ててしまおう。

 全ては、患者のためだった。


 あぁ、でももう私は、

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