――俺たちの希望を乗せたゲーム開発は失敗に終わった。
ここで言う俺たちの希望とは、ヤングリッチと呼ばれる富裕層のロリ…少女たちにゲームを通じて接点を持つことである。
今となっては、大半の企業はその少女たちによって動いているのだ。彼女らのほとんどが小学生。子供ゆえの発想力や創造力で数々の商品や作品を作り上げてきた。
その業界は幅広く、玩具会社、ぬいぐるみメーカー、デザイナー、音楽家、漫画家、小説家、イラストレーター、インフルエンサー等々、様々な分野において活躍している。
「もっと上手くできるはずだったのに、コストを気にしすぎたのが問題だったかなあ」
こいつは
「そりゃそうだな。そもそも、こんなので売れたら他のゲーム会社に申し訳なくなってくるレベルで·····」
そして、俺は
さて、俺たちはたったの二人でゲーム開発に挑むことになったのだが、声優を雇えず、加えてBGMやろくなSEも作ることができずに、ゲームは中途半端なままに完成を迎えることとなってしまった。
ソーシャルゲームのようなものを目指してはいたが、流石に二人だけではそう上手くいくはずもなく、最終的にノベルゲームという形で幕を閉じる。
こんな予算皆無のゲームが、他会社と横に並べるくらいに伸びたら、それはもう大成功どころの話ではない。実際、世の中には数多くのクソゲーがあり、そしてそのクソゲーを愛する人も中にはいるのだが、それでも流石にこれは·····。
とにかく、今回の作戦は圧倒的に人手が足りず、失敗に終わった。それ以下でもそれ以上でもない。失敗した。ただ、それだけのことだ。
これは、それからしばらくの時を経て、俺たちは高校一年生となり、突発的に作ったゲームのことを忘れようとしていた、そんな時期の話――。
***
「最近読んだ本がそれは凄くて。推理小説だったんだけど·····」
学校帰り、俺は裕也と一緒に帰っていた。
裕也はバスケットボール部に入っているが、俺は帰宅部。裕也の部活がない日はこうして一緒に帰ることが多い。
「推理小説? 別にそんなのよくあるだろ」
「そんな簡単な話じゃないんだな。伏線がいくつも連なって、真実に辿り着くあの快感がたまんない。と思ったら、それすらも犯人の思うつぼだったっていう·····。流石にあの展開にはしてやられたよ」
「どういうことだ?」
「だめだ。これ以上はネタバレになっちゃうから自分で読んでくれたまえ」
「いや、別に俺は本とか読まないけど」
「いやいや!? 読めよ!? 今、めちゃくちゃ人気出てるんだから!
「聞いたこともない名前だなぁ·····」
本を読んでないから知らないんだろ、というツッコミは抑えておく。
「まあまあ。それで、裕也は最近ハマってることとかあるの?」
「最近かぁー。うーん。動画配信をよく見てるんだけど、たまたま流れてきた『ひよこ隊長』っていう人が──」
「すみません。お時間よろしいですか?」
裕也の会話を遮るように、大人の女性が俺たちの前に現れて行く手を阻む。
赤い眼鏡をかけていて、ワイシャツからでも胸がハッキリと分かるほどに大きい。厳しそうな見た目だが、恐らくキッチリと仕事をこなして部下から慕われるタイプだろう。
「結城葵さんと、戸越裕也さんですよね?」
その女性は俺たちの名前を口にする。なぜ見知らぬ女性に名前を知られているのか分からないが、俺たちは何か只事じゃないような気がして、緊張が身体中を張り巡る。
「えっ、はい。そうですが·····」
「私、細野というものです」
細野さんはそう言って名刺を内ポケットから取り出して両手で丁寧に渡してくる。
俺たちは何が起こっているのかと戸惑いながらも、その名刺を受け取って見る。
「·····株式会社、如月デザイン?」
デザイン会社? 正直そこら辺の業界については全く詳しくないために、名前も知らない。何かの大手企業なのだろうか?
イラストを描く裕也はまだしも、なぜ俺が関係しているんだ。
細野さんは大きな胸に手を当てて、改まって自己紹介をする。
「はい。私は如月デザインの社長の秘書を務めております。今日は、お二人にお話があって来ました」
「えっと、どんな用件で·····?」
「実は、私も知りません。社長の指示に従っているだけですので·····。社長はそちらの車で待機しております。お話だけでもいかかですか?」
指先には、見るからに立派な白い車が止まっていた。どう考えてもお金持ちそのものだ。
俺たちは少し離れて小声で話す。
「ちょっと、どうする? こんな得体もしれない人にノコノコとついて行っていいと思うか?」
たしかに、俺も突然の出来事で流れに乗せられかけていたが、これでも小学校の頃から、先生に「知らない人について行ったらいけません」って教えられてきた身だ。
でも──
「でも、何故か俺のハートが叫んでいるんだっ。今を逃すと一生後悔するぞって」
胸に拳をあてて、悲しそうな顔を演技して言う。
「おいおい。なんだよそれ。とにかく断るぞ」
ふざけてる俺に呆れた裕也が断りに行こうとするのを、服を掴んで阻止する。
「ちょっ、待てって。とりあえずこの会社について調べてからにしないか?」
俺はスマホを取り出して、『如月デザイン』と検索に打ち込む。
「デザイン会社って、俺たちには縁もゆかりもない場所だぞ? 一体、何用で呼ばれるんだよ」
「ゲームに関して、お話があるご様子でした」
細野さんが俺たちに割って入ってくる。俺はビックリして、反射的にスマホを後ろに隠す。
こっわー! 地獄耳かよ。
「ゲ、ゲームですか? ああ、あの·····」
二人は例の失敗作を思い浮かべる。それが何かしらの新たな出会いを作ろうとしていることに気付かないほど、鈍感ではない。
「はい! 行きます!」
「ちょ、ちょっと、急にどうしたんだよ」
裕也が俺の態度に戸惑う。
俺が後ろに隠したスマホの画面には、可愛らしい女の子が映っていた。
十一歳の小学生六年生。
しかも、そこには「社長」と記載されていた。
俺たちの作ったゲームが、一人のロ·····少女の手に渡ったのだ。俺がずっと待ち望んでいた機会。これを逃すわけにはいかない。
「別に来なくてもいいんだぞ?」
全てを独り占めするのもいい。あれ? そう考えると、俺だけ一人で行くってのもありだな·····。
「お前が行くってんなら、俺も行く。心配だからな」
「ええ·····」
俺の独占ロリハーレムがっ!
「なんで嫌そうな顔をするんだよ。わけわかんねー」
裕也はそう言って呆れた顔をした。