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第25話 記憶喪失

 夢を見ていた。


 なんてことのない平凡な一日だった。だけど、少しだけいつもと違った。

 俺の周りにはロリがたくさんいる。左右にそれぞれロリが二人、腕にしがみついている。そして何よりも膝の上に可愛らしいロリがちょこんと座っている。ロリがたくさんいる夢だ。幸せだ⋯。




「んん⋯」


 と呻きながら夢から覚めて、ゆっくりと目を開ける。頭がズキズキとして痛い。白い天井と、消毒液の匂いがする部屋。僕は少し硬いベッドに寝っ転がっているようで、シーツのヒンヤリとした感触がある。頭の中が真っ白で何も思い出せない。ここはどこだろう。


「結城さん! 気が付きましたか? 私、心配しました⋯。気が付いて良かったです!」


 と、小さな女の子が嬉しそうに話している。


「ごめん、君は⋯誰かな?」


 僕がそう言葉を発すると、その少女の笑顔が一瞬凍りついたように固まって、口角が徐々に下がっていく。悲しそうな、寂しそうな顔をした。


「そんな⋯。ほんとに、本当に忘れちゃったんですか⋯?」


 少女の声が酷く震えている。潤んだ瞳は僕に激しく訴えかける。これが嘘であって欲しいと願うように。


「ごめん。本当に思い出せないんだ。もし僕が君を傷付けてしまったのなら、申し訳ない⋯」


 果たして彼女は僕にとって大切な人だったのだろうか。でも、僕なんかにこんな可愛い少女の知り合いがいるはずがない。

 僕がこの少女と作り上げた思い出がたくさんあるんだとするならば、僕はとても悪いことをしたに違いない。思い出したい。僕の全てを彩った記憶を。


「分かりました⋯。自分の名前は分かりますか?」


「自分の名前? うーん⋯何だろう。思い出せない」


 ふと自分を鏡で見る。

 お前は、誰だ?


「あ、あなたは、結城葵さんです、よ⋯」


 少女は目から涙を零した。溢れ出る涙を両手で拭うが、それでも止めらないようで、ずっと顔を俯けている。


「泣かせてしまってごめん⋯。僕だって思い出したいのに⋯」


 その時、ガラッとドアが開いて、男の子が入ってくる。


「葵! 気が付いたか! 心配した⋯ぞ⋯?」


 男の子は、少女が泣いているのを見て、察したのか、顔色が急変する。そして僕と少女を交互に見て、言う。


「おい、お前、まさか、記憶喪失になったんじゃないよな!?」


「ごめん。そうみたいなんだ。何も思い出せなくて⋯」


「戸越さん、どうやったら記憶は戻るでしょうか⋯?」


「そんなこと俺に言われたって⋯」


「とりあえず病院に連れて行った方が良さそうですね。ドクターヘリを呼ぶので少し待っていてください。ヘリコプターは、学校のグラウンドに着陸させましょう」


 少女はそう言いつつ、どこかへ電話をかけた。どうやらここは学校らしい。僕はこんな学校に通っていたんだっけ?


 それから間もなくしないうちに、ドドドドという音が聞こえてきた。風が強くなって、窓ガラスをガタガタと揺らす。校庭の砂が激しく待って少し煙っぽい。そのまま音は大きくなり、白いヘリコプターが学校のグラウンドに止まる。


「結城さん、あのヘリコプターに乗って病院へ行きますよ」


「え? あ、うん。分かった」


 少女は僕の手を引っ張りながら、ヘリコプターへと向かう。

 少女が僕とどんな関係があるのかは分からないが、なぜこんなにも僕のために尽くしてくれるのだろう。


 野次馬で様子を見に来た人たちの目もくれず、僕と少女はヘリコプターに乗って病院までひとっ飛びで行ってしまった。


「頭を強く打ったことによる一時的な記憶喪失ですね。ですが、しばらく時間が経てば自然に記憶は戻ってくるはずです」


 と、お医者さんは言う。


「ホッ⋯。分かりました。ありがとうございます」


 と、少女は安心した様子を見せた。


 病院を出たあと、僕は少女に訊ねる。


「ねぇ、君の名前は何? 君は僕とどういう関係なの? 何で年下の君が僕のためにそこまでしてくれるの?」


「質問が多いですよ、葵お兄ちゃん。私は如月木乃花です。株式会社如月デザインの社長です」


「社長⋯?」


 こんなに若い子が?


「はい。そして、今はあなたと一緒にゲームを作っています。同居も、しているんですよ⋯」


「そうだったんだ⋯」


「私が葵お兄ちゃんに尽くしているのは、最高のゲームを作ってもらうためです。そのためには最高の環境が必要ですし、体調管理だって欠かせませんから」


「最高のゲーム⋯?」


「はい。葵お兄ちゃんは以前、とあるゲームを作りました。早々に両親を失った私にとって、そのゲームは新たな世界を見せてくれたんです。それをもっと世界に届けたい。そんな思いが私にはあります」


「⋯⋯」


「両親を失った私にとって、結城さんまで私のことを忘れてしまったら、私はこれからどうして行けばいいって言うんですかっ⋯」


 木乃花という少女は、僕の胸に顔を埋める。大切な人を何度も失うのはきっと辛いんだろう。僕も何とかして記憶を取り戻したい。どうすれば⋯。


「そうだ。そのゲームを僕に見せてくれないかな?」


 と僕が提案すると、少女は目を丸くして驚いたようだが、少しだけ嬉しそうな顔になった。


「それで記憶が戻るかもしれないですか?」


「分からない。分からないけど、試してみたいんだ」


「分かりました! すぐ家に帰りましょう!」


 少女は精一杯笑って答える。その笑顔がどこか懐かしい気がして、胸がチクッとした。


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