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鍛冶屋では疲れが取れない


 ジノヴィは迅速に砦町へ辿り着くことが出来た。

 あのあとすぐに雨が上がり、アルヴァも目を覚ましたおかげだ。

 少し警戒しつつ門番の兵に通過を申し出たが、特に咎められる事もなく町に入る事ができた。魔女探し達の影響力がここにまでは行き渡っていない事に感謝しつつ、改めて追手の先鋒があの羽根蛇に足止めされたであろうことを実感する。レギナは心配だが、今それを気にしても仕方無い。


「アルヴァ、大丈夫か」

「…………ジノヴィさんこそ」

 ふたりとも、大きく疲弊していた。


 取り敢えず砦町に入ったまではいいが、宿屋など旅人が身を寄せる場所は魔女探しにすぐ発見されるだろう。

 そっと覗いた武器屋には使えそうな剣が無く、鍛冶屋に入って修理を依頼した。

 さっさと通り過ぎてこのまま先へ進みたい状況だが、魔女をおいていく訳にもいかない。それに山頂でのあの羽根蛇の硬さに、ジノヴィの剣の刀身が大きく毀れていた。多めのルデスを掴ませて依頼した刃毀れの修理を鍛冶屋の隅で待つ。いつ魔女探し達がここに来るか分からない状況で、剣が手元に無い状態でいる訳にはいかない。


「あの状況だと、魔女を庇って矢を受けたんだな。逃げるように言った筈なんだが」

 確かめるように慎重に問いかけたジノヴィの重苦しい迫力に、アルヴァは身を竦ませる。

 それをみて、ジノヴィは少し声を和らげた。


「責めているのではない。ただ、魔女の身が危険に晒された時、どうして体を張って庇おうとする? 最初に会った時もそうだっただろう」


「えっと………何か、すごく大切な感じがするんです。特に危険な時には絶対に守らなきゃ駄目だって……」


「……催眠術に掛かっているんじゃないかと俺は思うんだが。そもそも雰囲気とやらが、魔法やら術やらの類とはいえないか? には魔法の才能が無いから判断出来ないんだが」

「強い魔力と大切な感じは、全然別ですよ。………あ、痛くてそれどころじゃなかったけど、本当に女の人になったときは、気絶するほどびっくりしました」

「気絶して俺に担がれていただろう」


 何故か少し嬉しそうなアルヴァに、ジノヴィもつられて小さく笑った。


 実際、思ってみれば狂喜しても良いだろう。今まで三百年も世の魔女探し達が探し出せなかったその本人を、掴んで引っ張って来たのだ。ここまでの経緯だけを語ってみても、感嘆に値する。


「それにしてもこんな状況じゃ、セトさんが見つけてくれるより先に、追手に見つかりそうです…………」

 笑顔に涙を滲ませて、アルヴァは急いで目を擦った。


 やはり小さな少年の肩には、この任務は重すぎるか。

 ……いや、どうして俺がそんな心配をする必要がある。

 ジノヴィは首を振った。

 いままで他人の心情を想定して利用することはあっても、心配して解決策を考えるということはしてこなかった。それは、他の誰かがすることだ。


「彼女と追っ手のどちらと先に接触するにしても、合流後の動線は押さえておこう」

「どうするんですか?」

「リーオレイス帝国側へ緊急の連絡鳥を飛ばす。無事に湖へ着いても船に乗れなければ追い詰められるだけだ。剣が直ったら次に行くのは雑貨屋だな」


 この町の教会も連絡鳥は所有しているだろうが、魔女探しと鉢合わせになる可能性が高い。となれば、連絡鳥は民間人が利用する雑貨屋で借りるしかない。

 二人は鍛冶屋から研ぎ直した剣を受け取って、周囲を窺いながらそっと通りへ出た。

 大通りを避けて細い路地を移動する。冬枯れたように殺風景な町だ。

 砦町として造られたものの、戦いが無ければそこに町がある意義はない。国交が活発であれば栄えるだろうが、停戦したというだけで友好的な条約を結んだ訳でもなく、商業交流もほとんど無い。

 むしろ、300年間よく残っていた町だ。


「――雑貨屋に、パンあるかな」

 アルヴァの顔が白い事に、その小さな呟きでようやく気付いた。

 大人の軍人ですら疲れを感じているのだ。山道も平気な顔で歩いていると思って油断していた。


「早く言え。我慢と忍耐は違う」



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