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山頂からここまで


「うーん…………」

 完全装備の遺跡発掘家は、しばらく石柱の前をうろうろしながら頭を掻いていた。

 やがて大きく白い息をついてから、石柱にもたれて眠る占い師の無防備な寝顔を軽く叩く。


 ゆっくりと目を開けた茶色の瞳に、緑の瞳をもつ精悍な顔が映った。

「あれ……シェナ?」

 遺跡発掘家としての装備に身をかためた彼女は、精悍な顔で真剣な表情を浮かべていると一寸した迫力がある。

 それより、さっきまで山頂にいた筈なのだが……。あの混乱の中で気絶したのだろうか。


「セト、あんたは今からボクの拾得物だからね。先に言っておくけど」

「…………は、えっ?」

 謎しかない言葉に、声が裏返った。

 裏返った自分の声なんて初めて聞いた気がする。


「魔女探し達が躍起になってあんた達を追いかけたのは耳に入ってるけど、どーしてこんな場所で昼寝してるの? ジノヴィといいセトといい、もうちょっと寝る場所くらい選びなよ」

 怒っているのか困っているのか。シェナは軽口を叩きながらぐしゃぐしゃと短い金髪をかきまわした。


「大体、あんな凄い魔法が使えるんだったら、もう全然別のところに逃げちゃえば良いじゃない。ジノヴィの仕事に付き合ってくれって言ったのはボクだけど、まさか魔女探し達が本気で追いかけてくるなんて思わなかったし……。あ。それで、今、あんたはボクの拾得物なんだからね?」


 シェナの言葉がなんだかよくわからない。少し混乱しながら言葉を探しているようにも感じる。まくしたてるような謎発言に、首を傾けながらとりあえず適当に頷いてみる。

 それにしても、記憶が抜けている間にどうやら魔法を使った事になったらしい。

 ぼうっとしているセトをみて、シェナは少し息を整えてから笑顔を浮かべた。


「ジノヴィに高値で引き取って貰うまで、魔女探しに捕まっちゃ駄目だよ」

 拾得物というのは、そういうことか。彼女はすがすがしいまでに嬉しそうだ。

 ……そういえばここ数日ずっと女性と会話をしていない。


「シェナ、色々聞きたい事があるんだけど、まず、ひとついいかな」

「お、何? 喋り方がジノヴィに似てきたね」

 シェナが興味深そうに顔を覗き込んでくる。

 そういえば、少し理詰めっぽい言い回しかも知れない。

 少しだけ悔しい気もするが、自分が変わるのも面白そうだと思っていたのだから、嫌ではない。


 でも、次の言葉で、あの軍人の印象を吹き飛ばす。


「シェナってさ、かなり可愛いよね」

 ふわりと笑ってみせる。


 不意を突かれたシェナは、目を開いて言葉を失った。

「なっ……何言ってんの?」

「思った事を」

 ジノヴィとの類似点は吹き飛んだだろう。


「それで、君はどうしてここにいるんだい? サルディスの街からは結構遠いし。それと、ここは何処だろう。さっき僕が魔法を使ったって言ってたけど、山頂からここまで、何も覚えてないんだよね。ジノヴィ達は、何処に行ったんだろう?」

「……山頂から記憶がないって?」

「魔女探しに攻撃された所までは覚えてるんだけど。あの状況からどうやって逃げたのかな。やっぱり疲れすぎて気絶してジノヴィに運ばれてきたのかな? でも、それにしても二人ともいないし……。君は、ジノヴィとアルヴァがどこに行ったか知ってる?」


 シェナも首を傾けて難しい顔になる。

「ボクがここにいるのは、遺跡発掘の為だよ。サルディスの近隣は荒らし……じゃなくて掘り尽くしたから場所を変えようと思ってね。サルディスでジノヴィの顔を久しぶりに見て、この地方の遺跡なら未掘が多そうだなって思いついたんだ。そんで昼間からこの辺りで活動してたんだけど……雨降ってきたから休んでたら、人が飛んで来てこの柱にとまったんだよ。遠かったからよく見えなかったんだけど、魔法っぽいので雨が上がって、近づいてみたら、アンタが昼寝してたの。他の誰かはいなかったよ」


「え? 僕が自分で飛んで来て魔法で雨を止ませたって事かい? 確かに使えるのは風魔法だけど……」

「実は本当に魔女なんじゃない?」

「僕は男だし、そんな魔法使えないよ。別の人じゃないかな。……っていうことは、その人に助けられた、とか? それにしても、どうして一人で……」

「ジノヴィが魔女探し相手にやられるとは思えないなぁ。無事なら次の砦町に行く筈だよね。どっちにしても今のボクの拠点もそこだから、一緒に町に向かおうか」


 この時期は日が傾き始めると夕方になっていくのが早い。移動するなら早くした方が良いだろう。

 冷たい風に寝冷えでもしたか、急に身体の芯が冷えているのに気付いて外套を掻き抱いた。

 小さくくしゃみをして、シェナに笑われる。


「かなり可愛気があるのは、セトだなっ」


 彼女の小気味よさは、今まで出会った誰よりも爽やかだ。


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