目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

女の子?の部屋

 シェナの迷いない道案内により、朽ちた道の跡を掻き分けて歩いていくと、砦町の横に辿り着いた。

 砦町の門では無くて壁沿いに辿り着いた訳だが、彼女は当然のように袖の中から出した細い鋼鉄の糸を外壁に引っ掛けて、ポンと地面を蹴り、壁を軽々と登っていく。


「えっと、ちょっと待って。僕はそういう曲芸は出来ないよ」

「風の魔法使……あ、そんなに使えないのか。んー、やってみたら意外と出来たりして?」

 確かに自分に使える魔法は風系統だが、ごく簡単の詠唱しか成功したことがない。ここまで来る途中、馬車の中では練習できるような空気ではなかった。

 でも確かに、試してみるに越したことはない。ひとつ息を整えて、スティアの詠唱を真似てみる。


『風よ 我が足となり 意に従え』


 詠唱が重いと感じるのは、修練不足だからだろう。

 今まで成功したものは簡易魔法程度だったから、魔力を使う神経が急に疲れる。

 なんとか小さく風が集まって足と地面の間に隙間ができた。が、上昇するとか動くとか高度な操作までは続かない。

 と、スルッと降りてきたシェナに腕を掴まれて、引き上げられる。心地良い浮遊感とともに、軽くなった身体が壁の上にポンと到着した。


「ふふ、浮いてるってだけで、色々応用がきくもんだね」

「――そうだね。ありがとう」

 素直に笑って、シェナの顔を覗き込む。


 夕焼けの色が精悍な顔立ちに華を添えて、間近にあった。

 彼女は少し何かを言いかけたが、きゅ、と口をむすんだ。かわりに眼下の屋根に顔を向ける。


「この辺りは寂れているけど住宅地の裏だよ。とりあえずセトはボクの拠点に隠れてな。顔が割れているなら見付かると面倒くさいし」


 壁の内側は外よりも地面が近い。シェナは道具も使わずぽんと飛び降りた。

 それを真似したついでに、もう一度魔法を詠唱してみると、少しだけ軽やかに着地が出来る。


「はは、ボクについてくると、魔法が上手になりそうだね。でも身体がなまるよ」

「君の運動能力が高いと思うんだけど……。遺跡発掘家って、皆あんな鋼糸で身軽に動けるのかい? もっと地味な仕事かと思ってた」

「ま、発掘は一面だから。魔物が出る遺跡もあるし、収入的に忍びこむのは現役の豪邸だったりもする訳よ。そのときの獲物はモノじゃなくて、情報だけどね」


 シェナはさらりと犯罪色をにおわせながら、こだわるふうでもなく路地の先を急ぐ。

 夕焼けの褐色に包まれた石壁が美しい。

 目の前を走るシェナの切れのある動作も、見ていて気持ち良いと感じる。


 路地の隙間のような空間の奥に、彼女の拠点があった。

 拠点にしてまだ日が浅い筈なのに、足の踏み場が無いほど散らかった部屋は、どこか男っぽさをおもわせる。適当に寛げと言われても、身の置き所がない。


「じゃあ、ボクはジノヴィを探してくる。大人しく待っててよね」


 すぐにでも出て行こうとしたシェナの背中に思わず手を伸ばす。しかしセトが口を開くより彼女の喋る速度は速い。


「あ、いない隙にボクの私物とらないでよね」

「え? いや、そんなことしないよ。でも少し整理整頓してもいいかな。どこに座ったら良いかもわからないし」

「あー、座る所は適当に作って。じゃあ行ってくる」


 改めて慌しく走って行ったシェナを見送って、セトは走ってきた息を整えてから、腕を捲った。

 部屋中至る所にがらくたなのか収集物なのか分からないものが散らかっている。

 とにかくどこかに座る為にも、足元から片付けよう。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?