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遺跡発掘家の本領

 閑散とした砦町の雑貨屋。

 積みあがった日用品の商品棚には埃が舞い、あまり流行っているふうでもない。それでもこの街に住んでいる人間にとっては必要な店らしく、よく売れるものだけが埃を被らず店先に並んでいる。

 その奥に飼われていた連絡鳥の数は、少なかった。


 閉店の札がかかっているこの店に無理矢理入って見つけたのは、レギナだった。

 店員に金を掴ませて少ない連絡鳥を独占し、雑貨屋の奥に息を潜めていた周到さは流石というべきだろう。ジノヴィにとっては、後方支援しつつ先手を打つ相棒がこのうえなく頼もしい。

 だが、彼女は左腕を負傷して、蒼白な顔色で買収した店主の手当をうけていた。



「無事で何より。ジノヴィ。教会の連絡鳥も先に全部押さえておいたわ。魔女探し連中に状況報告とかされて、面倒な事になるのは、少なくとも後回しにできた筈よ」

「レギナ。助かった…………後の事は任せて、ゆっくり休んでくれ」


 ジノヴィの気遣いに、レギナは考えこむように黙ってから、小さく頷いた。

 彼女はこの状況で自分が休むことを想定していなかったようだが、無理をしすぎていざというときに動けなくなっては困るという意図だと受け取ったようだ。

 雑貨屋の店主も、手当が終わるとレギナに簡易な寝床を用意してくれた。


「一体、どういう旅をしているんだね、リーオレイスの軍人さんと、退魔師の子どもとは…………」

「あの、突然押しかけて、迷惑をかけてごめんなさい」

 平謝りのアルヴァの腹が、ぐう、と音をたてる。


「入るよ、おじさん――」

 突然裏口から声がかかり、店主の許可を待たずに扉をバン開けてきた人間がいる。

 店の表からは分からないように座っていたアルヴァ達だったが、裏口からは丸見えだ。遠慮なく踏み込んできた人間の足が、その異色の光景にぴたりと止まる。


「シェナ! ちょっと今は困るよ、お前さんは本当に遠慮が無いな」

「店主、いつも悪いね。でも今回はそれでよかったみたいだ」


 あわてた店主を無視して、彼女はまっすぐにジノヴィにむかった。


「探すまでもなくこんな所にいるとは、都合の良い奴だね、アンタも」

「お前……。今度は、何を目論んで来たんだ? エセ発掘家が。裏に誰がいる。お前がこんな金の臭いのしない場所に無計画にいるわけが無いぞ」


 突然の顔見知りの乱入に、静かに驚いたジノヴィの口が滑らかになった。皮肉な言葉とは逆に、少しほっとした息だ。


「失礼な奴だな。そりゃ街にはないけど郊外は未掘の宝庫だよ。…………それよりアンタ達、凄い顔色なんですケド。特にそこの少年、大丈夫?」


 シェナにそう言われてペタリと床に座り込んだアルヴァの口から、小さく声が零れる。


「おなかすいた…………」


「なんだよかった、怪我してる訳じゃないんだね。ちょっと店主、こんな小さい子にお茶菓子も何も出さないとか、そんなことないよね? 商売は信頼が一番だもんね」

「お、おう。ちょっと待ってろ」


 店主が棚に保存していた乾燥果実の焼き菓子をいそいで出してくる。

 アルヴァはそれを貰うと、食べながらレギナの横で眠ってしまった。相当に疲れていたのだろう。

 店主には追加で口止めの金を掴ませて、店の営業に戻って貰う。雑貨屋が閉まっていると、シェナのように魔女探し達が裏口からでも入ってくる可能性があるかもしれない。



「どんな情報がどこまで広がっているのか分らないが、シェナは魔女探し達の暴走を知らないのか?」

「情報屋をなめんじゃないよ。勿論知ってるさ。一般人には何が起こってるか分らないだろうね。魔女探しがいきなり特定の村を焼き払って、北上してるんだから。…………いちいち教会に魔女見つけたとか知らせずに帝国に向かっていれば良かったかもね。決まり事をきちんと守ることが良い結果になるとは限らないよ……って、リーオレイス人のアンタに言っても仕方ないけどさ」


「決まり事か。ああ、そうだな。別に……死体を持ち帰っても、良かったのかもな」

「…………なに、それ」


「そうだろう。それなら魔女探し達だって納得だろうし、魔女を逃がす事もなくなる。それで俺の任務も完了だ」

「セトが魔女じゃなかったらどうすんだよ、結局改めて魔女が出てきたときまずい事になるのはアンタじゃないか」

「…………珍しく優しい事を言うな。俺もそんなに顔色が悪いのか。気持ち悪いぞ」


 話を逸らすジノヴィの方が珍しいと思いつつも、シェナは言葉を飲み込んだ。

 実際、ここにいる全員、冗談抜きで顔色も機嫌も悪い。おそらくセトとはぐれている状況が精神的に堪えているのだろう。

 シェナは不安気な顔で店先を守っていた店主に追加で小金を掴ませて、緘口を念押しした。


 ――今は、セトと合流させないほうが良い。

 人は追い詰められた状況ではロクな事をしない。相手は帝国軍人だ。シェナの手にはあまる。



 外へ出て街の様子を窺うと、魔女探し達も村を焼いた時の勢いが落ち、広場に集合した後はそれぞれ自由に休んでいるようだ。再び見失った目標物に、どこか疲労の色が滲んでいる。

 ばらばらに行動されると、ジノヴィ達が発見される可能性が上がるんじゃないかと心配になる。この集団を誰が指揮しているのか知らないが、意図しての事だとしたら、結構な戦略家だ。

 ここ数日で馴染んだ酒場にも、珍しく活気のある喧騒が聞こえてきていた。

 シェナはその裏口を叩いて戦場と化している厨房に顔を出す。


「こんばんわ、珍しく忙しそうだね」

「シェナか。今日はゆっくり遺跡の話は出来ないよ。すまんね」


 のんびりとした口調だが、効率を極めた素早さで注文を捌く店長の動作には、職人技を感じる。

 シェナはその隣にひょいと入り込んで、腕をまくった。


「洗い物くらい手伝うよ。厨房一人じゃ追いつかないでしょ」

「本当かい。助かるよ。今度飲むときにお礼するから、よろしくな」



 食器と流水と調理の音を意識から切り離して、客席に耳を澄ませる。

 追手の魔女探し達は、もともと自由奔放なリュディア王国の人間が多いし、酒場では口が軽い。

 どうやら中央の円卓に話題の中心があるのをみて、空になった食器を取りに出る。カウンターの中から出てきたシェナを制止する者はない。


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