ハレの瞳が怒りに燃えた。
一族の名誉を汚した仇敵――ライ・ユーファス。彼への憎悪が、剣先を乱すほどに彼の心を埋め尽くした。
「ライ・ユーファスッ! 貴様のような亡霊風情に、再び我が一族の名誉を踏みにじらせはせん!」
先祖であるヘイヤ・ヴォーパルの名は、白兎騎士ハレにとってあまりに重かった。
600年の長きにわたり、子孫たちは呪われた白獣の汚名を
今こそが機だと、ディーは気勢を高めた。
聖女リリーを狙う刃が今だけでも逸れてくれれば、勝機が生まれるかもしれない。
この一瞬のチャンスを生かすため、ディーとマフェットは素早く視線を交わし、同時に動き出す。
「マフェット、糸を張って!」
「ショータイム! いっちょ派手にいくわよ!」
マフェットは蜘蛛足を広げる。
本来、闘技場と言う広すぎる空間では、糸を張り巡らせるには適していない。
「ディーの命を削るとも、止まらぬこの殺意。
それを、ディーの使う茨と組み合わせることで、状況を変える。
ディーは生命力を削りながら、槍を地面に突き刺した。引き換えに生み出された魔力は、高き塔の如く茨を積み上げ、多頭の蛇のようにハレへ襲い掛かる。
白兎騎士ハレは、剣では払いきれぬと弾けるように飛び退いた。
「不相応な力を振るうとは、血迷ったか。こんなもの当たりはせんぞ」
「血迷ったのは、あんたでしょ。あたしたちトゥイードルに手を出した以上、容赦しないわ」
闇に立つマフェットは、宣言する。
真っ黒なゴシックドレスが、どれだけ損なわれても、彼女は自身が華麗であることを捨てることはない。
「――悪夢に招待するわ、『
生み出された茨との連携。
マフェットは、禍々しい茨に蜘蛛糸を絡めて、一瞬で結界を構築した。
薄く輝く糸が戦場を包み込んだかと思うと、すぐに糸は闇に埋没し、ハレの動きを制限する罠となった。
辺り一面に茨が生い茂り、密林さながらである。
「くっ、こんなもの断ち斬ればよいっ!」
とはいえ、アラクネであるマフェットの糸は鋼鉄に近い強度と、蜘蛛糸の粘着性を併せ持つ。
剣の達人である白兎騎士ハレであっても、簡単には切り抜けられない。
血を吐きながら、ディーはその隙を逃さず突進し、槍の穂先を全力で突き出した。
「これで終わり」
槍は正確にハレの胸元を狙っていたが。
「甘いな」
キン、と水晶の剣が衝突、ディーの槍を弾き飛ばす。
その勢いでディーは後方へ転倒したが、目に映るハレの表情は苦々しいものだった。
足元に巻きついた蜘蛛糸が彼の動きをわずかに鈍らせていたのだ。
ハレは糸を切り裂こうとするが、気が逸れた途端、間髪入れず、再びマルシャの矢が放たれる。
矢は魔力をまとい、空気を切り裂いて一直線にハレの肩を射抜く。着弾と同時に破裂すると、より傷を増やす。
余波は側頭にも新たな傷口を作り、流れる血がハレの白い毛並みに赤く染み込む。
「小賢しい……!」
撃ち抜いたマルシャは、即座に茨の密林に隠れた。
マフェットや、ディーも見当たらない。標的であった聖女リリーの居場所すらわからない。
地の利を作り、攻め手を増やす。
魔獣たちとの戦いで、こんな戦い方をされたことはなかった。
闇に紛れた蜘蛛の糸は見えにくく、下手に動くことも出来ない。
ハレが態勢を整えようとした瞬間、影から現れたマフェットが蜘蛛糸を放つ。再生を繰り返す糸は、彼の動きを封じた。
「させないわよ、ハレ兄さん。今度こそ!」
マルシャの矢が再び放たれる。今度はハレの片膝に命中し、その体勢を大きく崩した。
深追いしようとするも、ダムが先回りして待ち伏せる。態勢を低くして、水平に構えた槍で、急所を狙う。
白銀の鎧で致命傷を防ぐように、最低限の身逸らしから、転じて切り返す。
が、踏み込み切れない。
「ふ、ふふ。やるではないか、冒険者ども。それに、
そこに白獣の咆哮が場を震わせたのが聞こえた。
それは最後の断末魔だった。徐々に咆哮は力を失い、ついに巨体が崩れ落ちる音が響いた。
古き英雄、ヘイヤ・ヴォーパルは、かつての敵に討ち取られたのだ。
悟った瞬間、ハレは叫び声を上げた。
「ああっ、
怒りと共に、ハレの全身が白い光に包まれる。
その光は、彼が持つ青水晶の剣をさらに輝かせ、魔力の波動が広がった。
「ディー、マフェット、気を付けて! 」
とっさにマルシャが警告を叫ぶ。
だが、ハレの放つ魔力は、彼女の声すらかき消さんばかりの勢いだった。
「――もういい。邪竜と戦うまで温存するはずだったが、見せてやる。このヴォーパル一族の真髄を!」
ハレが剣を振り上げた瞬間、空間そのものを切り刻むような衝撃波が周囲を包み込んだ。
縦横無尽に解き放たれた斬撃は、戦場を薙ぎ払い、茨も蜘蛛糸も霧散する。
弓を構えていたマルシャも、蜘蛛糸を操作していたマフェットも跳ね飛ばされる。
ディーは盾代わりに槍を掲げて堪えたが、膝を突いた。
「凄い、剣技。これがあの恐れられたヴォーパルバニー?」
ディーの声はかすれ、戦場を覆う圧力に全身が軋む。
ハレの周囲に閃光が舞い、彼の姿は神話の戦士さながらだった。
青水晶の剣はさらに輝きを増し、その剣先に宿る魔力が一際強く脈打つ。
「見せてやろう、貴様らの命でな! ヴォーパルブレードの真理すら断つと言う、彗星の技を!」
剣を天高く掲げたハレの目が、神々しい光を湛える。
その額には輝く角が存在していた。