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第38話 蒼き剣に宿る名誉

 ハレの瞳が怒りに燃えた。

 一族の名誉を汚した仇敵――ライ・ユーファス。彼への憎悪が、剣先を乱すほどに彼の心を埋め尽くした。


「ライ・ユーファスッ! 貴様のような亡霊風情に、再び我が一族の名誉を踏みにじらせはせん!」


 先祖であるヘイヤ・ヴォーパルの名は、白兎騎士ハレにとってあまりに重かった。

 600年の長きにわたり、子孫たちは呪われた白獣の汚名をそそぐために戦い続けてきたのだから。


 今こそが機だと、ディーは気勢を高めた。


 聖女リリーを狙う刃が今だけでも逸れてくれれば、勝機が生まれるかもしれない。

 この一瞬のチャンスを生かすため、ディーとマフェットは素早く視線を交わし、同時に動き出す。


「マフェット、糸を張って!」

「ショータイム! いっちょ派手にいくわよ!」


 マフェットは蜘蛛足を広げる。

 本来、闘技場と言う広すぎる空間では、糸を張り巡らせるには適していない。


「ディーの命を削るとも、止まらぬこの殺意。あがなえっ、『苦輪瞋恚アレクトー』」


 それを、ディーの使う茨と組み合わせることで、状況を変える。


 ディーは生命力を削りながら、槍を地面に突き刺した。引き換えに生み出された魔力は、高き塔の如く茨を積み上げ、多頭の蛇のようにハレへ襲い掛かる。


 白兎騎士ハレは、剣では払いきれぬと弾けるように飛び退いた。


「不相応な力を振るうとは、血迷ったか。こんなもの当たりはせんぞ」

「血迷ったのは、あんたでしょ。あたしたちトゥイードルに手を出した以上、容赦しないわ」


 闇に立つマフェットは、宣言する。

 真っ黒なゴシックドレスが、どれだけ損なわれても、彼女は自身が華麗であることを捨てることはない。


「――悪夢に招待するわ、『黒蜘蛛巣城ブラック・パレス』」


 生み出された茨との連携。

 マフェットは、禍々しい茨に蜘蛛糸を絡めて、一瞬で結界を構築した。

 薄く輝く糸が戦場を包み込んだかと思うと、すぐに糸は闇に埋没し、ハレの動きを制限する罠となった。

 辺り一面に茨が生い茂り、密林さながらである。


「くっ、こんなもの断ち斬ればよいっ!」


 とはいえ、アラクネであるマフェットの糸は鋼鉄に近い強度と、蜘蛛糸の粘着性を併せ持つ。

 剣の達人である白兎騎士ハレであっても、簡単には切り抜けられない。


 血を吐きながら、ディーはその隙を逃さず突進し、槍の穂先を全力で突き出した。


「これで終わり」


 槍は正確にハレの胸元を狙っていたが。


「甘いな」


 キン、と水晶の剣が衝突、ディーの槍を弾き飛ばす。


 その勢いでディーは後方へ転倒したが、目に映るハレの表情は苦々しいものだった。

 足元に巻きついた蜘蛛糸が彼の動きをわずかに鈍らせていたのだ。


 ハレは糸を切り裂こうとするが、気が逸れた途端、間髪入れず、再びマルシャの矢が放たれる。

 矢は魔力をまとい、空気を切り裂いて一直線にハレの肩を射抜く。着弾と同時に破裂すると、より傷を増やす。


 余波は側頭にも新たな傷口を作り、流れる血がハレの白い毛並みに赤く染み込む。


「小賢しい……!」


 撃ち抜いたマルシャは、即座に茨の密林に隠れた。

 マフェットや、ディーも見当たらない。標的であった聖女リリーの居場所すらわからない。


 地の利を作り、攻め手を増やす。

 魔獣たちとの戦いで、こんな戦い方をされたことはなかった。

 闇に紛れた蜘蛛の糸は見えにくく、下手に動くことも出来ない。


 ハレが態勢を整えようとした瞬間、影から現れたマフェットが蜘蛛糸を放つ。再生を繰り返す糸は、彼の動きを封じた。


「させないわよ、ハレ兄さん。今度こそ!」


 マルシャの矢が再び放たれる。今度はハレの片膝に命中し、その体勢を大きく崩した。

 深追いしようとするも、ダムが先回りして待ち伏せる。態勢を低くして、水平に構えた槍で、急所を狙う。


 白銀の鎧で致命傷を防ぐように、最低限の身逸らしから、転じて切り返す。

 が、踏み込み切れない。


「ふ、ふふ。やるではないか、冒険者ども。それに、我が妹マルシャ


 そこに白獣の咆哮が場を震わせたのが聞こえた。

 それは最後の断末魔だった。徐々に咆哮は力を失い、ついに巨体が崩れ落ちる音が響いた。


 古き英雄、ヘイヤ・ヴォーパルは、かつての敵に討ち取られたのだ。

 悟った瞬間、ハレは叫び声を上げた。


「ああっ、燻り狂える白獣バンダースナッチ! ……クク、結局、私は先祖の屈辱を防げなかったか」


 怒りと共に、ハレの全身が白い光に包まれる。

 その光は、彼が持つ青水晶の剣をさらに輝かせ、魔力の波動が広がった。


「ディー、マフェット、気を付けて! 」


 とっさにマルシャが警告を叫ぶ。

 だが、ハレの放つ魔力は、彼女の声すらかき消さんばかりの勢いだった。


「――もういい。邪竜と戦うまで温存するはずだったが、見せてやる。このヴォーパル一族の真髄を!」


 ハレが剣を振り上げた瞬間、空間そのものを切り刻むような衝撃波が周囲を包み込んだ。

 縦横無尽に解き放たれた斬撃は、戦場を薙ぎ払い、茨も蜘蛛糸も霧散する。


 弓を構えていたマルシャも、蜘蛛糸を操作していたマフェットも跳ね飛ばされる。

 ディーは盾代わりに槍を掲げて堪えたが、膝を突いた。


「凄い、剣技。これがあの恐れられたヴォーパルバニー?」


 ディーの声はかすれ、戦場を覆う圧力に全身が軋む。


 ハレの周囲に閃光が舞い、彼の姿は神話の戦士さながらだった。

 青水晶の剣はさらに輝きを増し、その剣先に宿る魔力が一際強く脈打つ。


「見せてやろう、貴様らの命でな! ヴォーパルブレードの真理すら断つと言う、彗星の技を!」


 剣を天高く掲げたハレの目が、神々しい光を湛える。

 その額には輝く角が存在していた。

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