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1-2

 K県Y市にある私立是善高校は市内でも有名な高校だ。

 頭がいいとか、一部の運動部が強いとか、そういうことではなく、市内でも一番大きく、自由で、派手な校風だから、らしい。

 僕がここを選んだのは単純に近かったからなのだが、人によっては他県から電車で通学なんて人もいるらしい。毎日ご苦労なことだ。

 ズボンのポケットに手を突っ込んであくびをしながら歩く。やがて植え込みに囲まれたビルが見えてきた。

 2年前にできた新校舎はユニークな形のビルだった。流線形のビルで、28階建て。上に行けば行くほど幅が狭くなっている。さらに屋上付近の階には円形のヘリポートが出っ張るような形で設置されている。

 あのアンバランスな感じが気に入っている。なんて言っていたのはここの理事長だったか。金持ちの考えることはよく分からん。

 正面の自動ドアを通ると3階部分まで吹き抜けになっているエントランスに出る。巡回している警備員とカウンターには受付の職員。その横にはゲートだ。生徒や職員が通り抜けている。

 まるで会社みたいな学校だ。僕もゲートを通るためにブレザーの内ポケットから学生証を取り出して進む。

 別に並ぶ必要なんてないのだが、なんとなく知らない男子生徒の後ろについてゆっくりと歩く。

 もう少しで僕の番だ。学生証をピラピラと振って順番に備える。

紫帆しほちゃん、俺達やっぱり付き合わない?」

 順番が回ってくるのを待っていると、前の男子生徒が突然気になることを言い出した。

 急な告白に列が停まる。どうやら僕の前にいる男子生徒がさらにその前にいる女子生徒へ話しかけたらしい。

「えっ……やっぱりってなんですか」

 声を聴く限り、告白された女子生徒は困惑しているようだった。

「いやぁ、この前デートしたときさ、結構相性良いなぁって思って。ほら、趣味とか好きなものとか、合うじゃん?」

 告白した男子は軽薄な調子で女子に畳みかける。だが向こうはそんなことないらしく「いや、そんなことはないですけど……」というまんまのセリフが聴こえてくる。

 ていうかそんなことより早く動いてほしい。お前達のせいで列が停まってるんだ。

 ゲートを通るか列から外れるか。せめてどっちか選んで動いてくれ。邪魔なんだって。

「そうかなぁ? 俺は合ってるような感じだったけど。まぁでもさ、俺は紫帆ちゃんといると楽しいっていうか――」

「私はその……林先輩といても楽しくなかったですけど、あんまり」

 告白した男子、林先輩というらしい。彼が決め台詞を言うよりも前に、女子に切り捨てられた。

 あまりにもな一言に林先輩は「へっ?」と言ったまま固まり、女子がゲートを通る。

 エントランスに「あーあ」といった空気が漂い、僕は固まった林先輩の脇は抜けてゲートを通った。

 僕の後ろに並んでいた生徒も同じく林先輩の脇を通り、エントランスに再びピッというゲートを通る時の電子音が一定のリズムで響く。

 ゲートを抜けてエレベーターホールに入る。エレベーターが来るのを待っていると、先ほど林先輩からの告白を切り捨てた女子を見つけた。

 ふわっとウェーブがかかった明るい茶髪は胸のあたりまで伸びていて、小さな顔にはぱっちりした大きな目と長いまつげ。そしてすっきりと通った鼻筋と潤いのある唇。派手な顔の美少女だ。

 細すぎず太すぎない長い脚に、腰が細いからだろうか、若干存在感のあるお尻。胸は大きいわけではないが、その存在を確かに感じられる大きさで、かなりスタイルがいい部類だろう。

 是善高校1年の間でも一番かわいいと言われている女子、市道しどう紫帆しほだった。

 彼女が相手なら仕方ない――告白して玉砕した林先輩はそれなりに整った容姿ではあったが、残念ながら市道紫帆が相手じゃ釣り合わないだろう。

 彼女はさっき林先輩から告白されたことなんてもう忘れたみたいな表情でエレベーターが来るのを待っている。

 ローファー風のスニーカーと白いソックス。紺色のジャンパースカートにストライプの長袖ブラウスは襟の部分がリボンになっている。かわいいと評判の是善高校の制服を市道紫帆は見事に着こなしていて、エレベーターホールにいるどの生徒よりも目立っていた。

 平穏な日常を望む僕とは関わり合いのない人間だ。さっき告白した林先輩でダメならば僕なんてなおさらダメだろう。

 まぁそもそも僕だって別に市道紫帆と付き合いたいわけじゃないので、こんなこと考えたってしょうがないのだが。

 それにしても、確かに綺麗だ。エレベーターホールの大きな窓からとりこんだ陽射しが彼女の顔を明るく照らしていて、長いまつげがフルフルと震えている。

 こんな綺麗な女の子が好きになる男って、一体どんな奴なんだろう――いけない、あんまりジロジロ見るべきじゃないな。

 僕はすぐに市道紫帆から視線を外し、エレベーターが来るのをひたすら待った。

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