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1-4

 結局着替えるのも面倒なのでパーティーには制服で出席することにした。

 相浦さんが運転する車に乗って、会場であり父の職場でもある『ホテル・コンチネンタルリゾート』へと向かう。

 ここら辺では一番いいホテルだ。父はそこの経営会社の特別執行役員で、実質的な会社のナンバー3なんて言われているらしい。本人は「本社と現場で板挟みにされてる貧しい中間管理職だ」なんて言っているが、僕が広い家で何不自由なく生活できていることから、それなりの給料を貰っているのだということは分かる。

 そんな父の付き添いというか、添え物みたいな役割でパーティーに出席するのは初めてではない。というか、創立記念パーティーなら何度も出てる。

 どうせ父の挨拶回りに付き合って、パーティーで出された料理を食べて、それが終わったら2次会でカラオケ。そこで父とか父の部下っぽい女の人と世間で流行っている曲を歌わされるだけ。

 そりゃあ最初は楽しかったけど、3回目くらいからめんどくさくなってしまった。特に去年は最悪だった。パーティーはともかく、2次会は会社が所有しているクルーズ船を貸切って船上クラブイベント。一度参加したら最低でも2時間は帰れない。

 今回はなにか途中で抜け出す口実でも見つかればいいのだが――ぼんやりと窓の外を眺めていると、ふと、奇妙な光景を見かけた。

 女の子が走っている。それも市道紫帆だ。長い茶髪をたなびかせながら結構な速さで走っている。

 その必死な表情から、まるで誰かに追われているようだった。目を凝らして見ると、彼女から少し離れた場所を複数人の男達が走っている。まさかとは思うが、本当に追われているというのか。

 ザワザワと、嫌な予感がする。車が赤信号で停まり、複数人の男達が走り抜けていく。

 僕はドアのロックを解除した。

「坊っちゃん? どうしたんですか?」

「ちょっと……気になる人がいたから。会場には後で行くよ。父さんにはそう言っておいて」

「ちょっ、ちょっと坊っちゃん」

「坊っちゃんって言わないでよ」

 相浦さんの声を無視して車から飛び出す。ガードパイプを飛び越えて市道紫帆が走って行った方向へと向かう。

 彼女を助けたいわけじゃない。なにがあったか知りたいわけでもない。

 ただ面倒なパーティーから逃げたかっただけだ。女の子を助けるためにどーたらこーたらなんて言えば、女たらしの父なら欠席しても許してくれるだろう。

 だから助けるフリをする。まぁ案外遊んでただけとか、そんなしょーもない理由だろう。それならそれでサボる口実を別に考えなければいけないけど。

 男達に追いつかない程度の速度で走り、角を曲がったところで止まる。

 見つからないよう少しだけ顔を出して覗くと、そこは袋小路になっていた。

 5人の男達とその奥には市道紫帆がいる。これは、なんというか、遊びって感じじゃなさそうだ。

「いやーがっかりだよ紫帆ちゃん」

 市道紫帆を追い詰めている5人の男達の中から、覚えのある声が聴こえてくる。

 どこかで聴いたような気がする、粘つくような声だ。

「紫帆ちゃん頭いいからさぁ、俺の告白、断るなんて思わなかったわ」

 喋っているのは5人の男達の中のちょうど真ん中に立っている男だった。

 告白を断るって、もしかしてあの人今朝エントランスで市道紫帆に告白した林先輩か。

 フラれたからって報復するか普通。しかもその日のうちって、行動力ありすぎだろ。

「その日のうちに逆恨みで襲ってくるなんて、行動力ありすぎだと思います」

 少し声を震わせながらも、市道紫帆が僕と同じことを言う。

 しかし、林先輩はそんな彼女の言葉を強がりだと受け取ったのか、「ハッハッハッ!」と声をあげて笑った。

「いやいや、襲うつもりなんてないよ。ただ、今朝の告白。返事を考え直してほしいってお願いしたいだけ」

「じゃあどうして、そんなに人を連れてるんですか」

「こいつらは俺の友達。また告白しようとしてる俺を心配してついてきてくれたの」

 どう考えても脅しだった。告白を断ったらどうなるか、ここにいる全員が分かっている。

「……さいってい」

 市道紫帆が苦々しく呟く。両腕でカバンを抱き、林先輩を睨みながらじりじりと後ろに下がっていく。

 だがその先は壁だ。気丈に振舞っているが彼女の脚は震えていて、男達もそれを分かっているのか、下卑た笑い声を漏らすだけだ。

「じゃあ改めて聞こっか。紫帆ちゃん、俺達やっぱり――」

「違うシチュエーションで前と同じセリフ、悪役だったら負けるフラグですよ」

 言い切る前に、僕は颯爽と割り込んだ。

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